45年越しのプロポーズ
本稿はパソコンで起稿しております。
私は10年前に大怪我をして身体障碍者となりました。
障碍は左腕にあるため運指に難があり、特にキーボード左半分のキーを押すのに苦戦します。
視力にも矯正・治療が難しい疾患があり、句読点、カンマ、ピリオド、コロン、セミコロンの取り間違えなどありますので誤変換と併せてご容赦ください。
さて過日「ウルトラセブンに背を向けて19年」という寄稿をしました。
そこで言及していたウルトラマンジョーニアス(登場作品名「ザ☆ウルトラマン」)についての私の想いを書いてみようと思います。
突然ですが、もうじき第27回参議院議員通常選挙がありますね。
私は投票日を待たず、期日前投票に臨みます。
理由はいろいろありますが、根底にあるのは「投票所に行きたくない」ということです。
投票所は私の出身の小学校の体育館。
私にとっては、アウシュヴィッツの収容所のようなところだからです。
小学校3年生に進級(?)したときに 担任が変わりました。以降の4年間(小学校生活の3分の2、ですね)は地獄の日々でした。
私が住む行政区画は「管理教育」の誉れ高い地域でした。
特に私の出身校(母校などとは言いたくありません)は朝から晩まで(8時前から16時45分まで)給食、学級会/学活/ホームルーム、掃除の時間を除いてほとんどが体育教育に費やされるという きちがいじみたカリキュラムで日々 過ごすことを強いられました。
そんなきちがいじみた軍隊組織をひとつばかり知っていますが、小惑星リドで放逐されてはかなわないので名前は伏せておきます。
器械体操ができないから罵倒・体罰。
掃除中に話をして罵倒・体罰。
廊下に記されたセンターラインを誤って踏んだり、踏み越える(要するに右側通行しないで進行方向左側に片脚触れただけで)と罵倒・体罰。
全校集会でくしゃみをしたり咳をしたり、鼻水をすすると「直立不動が維持できなかった」ということで罵倒・体罰。
一応「違反」の「理由」は事情聴取されますが、落着点は「罵倒・体罰」。
ですから 思春期の入り口に差し掛かってきた小学校5~6年生になると、羞恥心や反抗心も混在し、もう「理由」を訊かれても
「何を言っても結局僕をぶつんでしょ?ほら、早く殴ってください」
と挑発し、わざと目の前で廊下の左側に踏み出して 次の瞬間 壁のレリーフにされたこともあります。
しかしながら 私はキリコ・キュービィではない。
「上官不服従」に憧れたり、望んだとしても、細身の体の少年、否 児童では太刀打ちなどできない。
結果、心身に異常を来たし
毎朝胃痛に苛まれ、結果として病院で胃カメラ検査を受けるに至りました(仮病ではなく、本当に胃腸がおかしくなるものなのですよ)。
小学校3年生以降、もちろん「心の寄る辺」がなければ 獄卒に迫害され続けても登校する、などということはできない。
その時代 その時代に「寄る辺」となってくれたのは、何人かのヒーローたちでした。
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小学校3年生:アステカイザー
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小学校4年生:早川健(快傑ズバットではなく、早川さんです)
小学校5年生:既存のウルトラマン(毎朝のようにウルトラマン番組が再放送されていたことに起因します)
※いずれも人物名で 番組名/作品名ではありません。
そして小学校6年生で
ウルトラマンジョーニアス。
特撮ウルトラ原理主義者にとっては唾棄すべき存在だったのかもしれませんね。
けれども 入り口はウルトラマンでしたが話の内容・展開はシリーズ後半になって 大きな転換期を迎えてくれました。
前半は ジョーニアスが登場しても蟹江栄司氏のナレーションで「ウルトラマンは〇〇しようとしているのだ」と 弁士のように解説が入る(ことが多かった)。
けれども後半になってウルトラマンジョーニアスの出身地である惑星「U40(ユー・フォーティ)」内での反乱事件に話題がシフトすると俄然、話に重みが加わり、一話完結物としても、連続物としても見ごたえのある作風に変貌していきました。
U40に危機が訪れた時と同じくして私の担任に対する反発心はピークに達し、登校意欲(義務を完遂しなければならないという意識)は殆ど霧消、そして時間を問わずに襲い来る胃痛との戦いが始まりました。
結果、バリウム検査、次いで胃カメラ検査(今は「内視鏡検査」という、耳あたりのいい表現をしますね)と受けたくもない検査を受ける羽目に。
私をそんな状態に追い込んだ小学校、小学校3年生以来の担任2名(いずれも女)を今でも憎んでいます。
閑話休題
私の苦痛に伴走してくれたヒーローは、複数おり、順番をつけるのは、喩え空想上の人物であったとしても失礼に当たるのですが、私が学校から受けたダメージの大きさとタイミング等を考慮した場合に ウルトラマンジョーニアスが「頭一つ抜けている」と申し上げても反論されることはないかと思います。
この作品では歴代のウルトラ作品では「それは言わないお約束」とされていたタブーに、劇中の同僚が踏み込み、主人公のヒカリ隊員を叱責、鉄拳制裁するに至っています。
その「お約束」というのは
「肝心な時(具体的には ウルトラマンが戦っているとき )に主人公は戦場から姿を消す(人並みの感性では「職務放棄する」と同義)」
ということでした。
結果、ヒカリ隊員は苦悩し、意識の中にいるジョーニアスに、事情を明かしたいと懇願しますが拒絶されています。この辺、ウルトラマンメビウスなどの後発作品は画期的でしたし、個人的にはそのストーリー展開に疑問符を立てるものでもありません。
U40の内乱を鎮圧する、ということで作品としての「ザ☆ウルトラマン」は文字通り大団円を迎えます。奇しくもその8日前に、私は(出席日数の不足による)留年をすることもなく、アウシュヴィッツ収容所を卒業しました。
劇中最後に、地球を去ろうとするジョーニアスと、ヒカリ隊員の間でこのような会話が交わされていました。
ヒカリ「ジョーニアス! これで、最後ですか!? 僕らはもう、永久に逢えないんですか!?」
ジョーニアス「いや。宇宙に危機が訪れたとき、私は再び戻って来るだろう。そして、誰かすぐれた若者の体を借りることになるだろう」
妹のアミアを肩に乗せ、地球を後にするウルトラマンジョーニアス…耳に届くのはED「愛の勇者たち」。そこにカットインしてきた蟹江栄司氏のナレーション
「危機が訪れたとき ウルトラマンジョーニアスは再び戻ると約束した。
そのとき 彼と一体となって平和のために戦うのは誰か?
そう あるいは
それは “きみ” かもしれない」
10日と経たないうちに中学生になっている。
半年と経たないうちにクラスメイトと恋に落ち、第二次性徴の発露(お察しください)に戸惑い、入浴前後の姿を家族に見せたくなくなる少年になった私でしたが、蟹江氏の秀逸なナレーションと、佐々木功さんの歌声は私の心を揺さぶりました。
けれども、その後 宇宙に危機が訪れてもジョーニアスは長きにわたって私の前には現れませんでした。
アニメ作品に登場したウルトラマンジョーニアスは、母星も歴代のウルトラマンとは異なり、後続の(特撮手法の)作品群に「客演しなくても支障のない存在」「客演させたくても、させづらい存在」として遇されていたのでしょうね。
でも私にとっては、特撮ウルトラとは切り離したとしても、決して忘却できないウルトラマンとして心に残り続けました。
大学2年生のとき、拙宅から中学校への通学路となる途上にあった古びたおもちゃ屋さんに足を運び入れました。なぜだかわかりませんが「あるかも」という気持ちが発露したからです。
事実、お店の棚には パッケージの一部が破れ、折れ曲がっていた ジョーニアスの変身アイテム「ビームフラッシャー」がおかれていました。
小学6年性の時に欲しくてたまらなかったアイテム。今ならオークションサイトやフリマサイトで見つけることができるでしょうが、当時はそのような環境はなく、飛びつくようにしてそれを手にし、店番をしていたおばあさんに突き出しました。
事情を知ったおばあさんは「そんなに昔の玩具なのに買ってくれるなら、100円だけオマケしてあげるよ」と言いながら会計してくれました。
転売ヤーが闊歩している現代ならば 値段を釣り上げてくるでしょうに、おばあさんは値引きしてくれました。
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こちらがビームフラッシャーです。プリキュアが傍にいるのはご愛敬。撮影時期をなんとなく記録しておきたかったので同席させました。
以降も、大人の諸事情でジョーニアスが脚光を浴びる機会はなかなかありませんでした。
けれども本稿起稿に至るまで 後発ウルトラマンの強化アイテムとしてカプセルだのメダルだの、カードだのがリリースされるたびに、ジョーニアスが顔のチラ見せを始めてくれていました。
我が家は(私が成人し、老境に差し掛かっている今もなお)経済的に余裕のある家計ではないので なんでもかんでも、というわけにはいかなかったのですが 細々とそれらのジョーニアスグッズを集めてはいました。
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Tシャツ
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カラータイマー(スターシンボル)を模したネックレス
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アルティメットルミナス
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Ultra Act(アクションフィギュア、だと思います。手に触れて遊んでいないので そのすごさが実感できずにいます)
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そのほか
左から
ジョーニアスレット(ウルトラマンタイガの変身アイテムと連動)、
ウルトラカプセル(ウルトラマンジードの変身アイテムと連動)、
アルティメットソリッド(固定ポーズのフィギュアですね。ウルトラマンに理解のない母も「これは(立ち姿勢ではないから)落ち着いていて恰好いいね」と珍しく褒めてくれました(翌日、赤い雪が降るようなことはありませんでした)、
ジョーニアスメダル(ウルトラマンZ(ゼット)の変身アイテムと連動)
ほかにも押入れの奥底に眠っているものはいくつかあります(実は1979年当時の お菓子のおまけのカードが2枚程度、それから80年代終盤に購入したソフビ人形(ウルトラ怪獣シリーズの一つ)が息をひそめており、私の視界には先日購入出来たウルトラヒーローシリーズEXというソフビ人形がたたずんでいます)
私の持ち物紹介からお話を戻しましょう。
ジョーニアスが再び脚光を浴びるきっかけになったのは「ウルトラマンタイガ」に登場した「ウルトラマンタイタス」の存在だったのかもしれません。彼はU40出身のウルトラマンでしたから、そのつながりでジョーニアスを違和感なく作品内に登場させる素地が醸成されていたのかもしれません。
その後の作品展開は割愛しますが、私がかつて予想した通り、ウルトラマンゼロでさえ「腰が引けているような接し方をする」伝説の勇者として映像作品に復活を果たし、これまた歴戦の勇者を劣勢に追い込むアブソリュート・タルタロスと互角の戦いを演じたりと、長きにわたってその存在を軽んじられてきたジョーニアスが臥薪嘗胆の日々を脱却して大活躍を始めてくれました。
そして先日…
「ウルトラマンゼロ15周年記念展」なる催しが都内で行われ、その一環としてツーショットチェキを撮ってもらえるとの情報を見つけました。
ゼロへの想いは割愛します(もう十分長い記述になっていますからね)。
私は「ゼロや、ウルティメイトフォースゼロの面々がツーショットしてくれるのだろう」とタカをくくっていたのですが、なんと ジョーニアスもやってくるとの由。
結果的にゼロとは1枚、ジョーニアスとのツーショットには5枚分の費用をかけました。
私の表情が硬かったり、あろうことかピンボケもあったため、満足できるツーショットは3枚だけになりました。
最後の撮影後、私は掟破りの逆プロポーズをしました。
「45年間 あなたを愛し続けてきました。これからはボクと一体となって、宇宙の平和を守りませんか?」
ウケ狙いではありません。
私は45年前のあのシーン、あのナレーションをずっと胸に刻み付けてきました。
「危機が訪れたとき ウルトラマンジョーニアスは再び戻ると約束した。
そのとき 彼と一体となって平和のために戦うのは誰か?
そう あるいは
それは “きみ” かもしれない」
電飾に輝く目
同じく煌々と輝くスターシンボル
…のちにスタッフに伺ったことですが、仮面をつけていても周囲の声は聞こえるそうです←中身がスーツアクター(体格のいい、アルバイトの学生さんや まだ脚光を浴びていない格闘家の卵かもしれませんね)であるという現実は認知していましたが、私にとってはジョーニアスでした。
だから45年の想いのたけを その一言(二言)に込めました。
答えは 猛烈な力での抱擁。
障害のある左腕が悲鳴を上げそうでしたが そんなことは気になりませんでした。
「心を砂漠にしてはいけない 乾いた心に夢はわかない/おそれにその目を閉じちゃいけない おそれに歩みを止めちゃいけない」
ジョーニアスはそのとき一瞬であったかもしれませんが、私と一体になったのだと思っています。
撮影の順番待ちをしていた ほかのユーザーさんのどよめき
司会進行をしてくださったスタッフの女性の「(ジョーニアスが)熱い想いを受け止めてくれています!」
という言葉と相まって
45年間の苦しみ、忸怩たる想いを癒してくれました。
U40最強の戦士。誰もが知っているウルトラの戦士。
甘美な余韻に浸りながら 会場を後にしました…




































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