恋愛

昭和55年10月2日

忘れてはならない日

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37年前の赤い糸【3-3】

~ もう、忘れていたみたいだから、いいよ… ~

彼女の誕生日は、冬休み期間にあった。
だからといってそれが理由に出来るわけではない。私は彼女の誕生日にプレゼントを届けられなかった。
プレゼントのタイミングを遅らせる/遅らせざるを得ない理由はいくらでもつけられた。
まだまだ子供だったのだから。行動は家族(親)に随分制約されていた。
中学校1年生の冬休みである。今はどうなのか知る由もないが、当時はそれなりのボリュームの宿題があった。また年賀状を書き、年末年始の「家族行事」に家族帯同で行動することも必須。だから理由と云えば理由になったが 理由にならないといえば「そんなの、理由にならなかった」。私自身、そう思っている。

私は冬休みが明けた3学期の初日に誕生日のプレゼントをした。これで“負債の消し込み”はできた、と思った。

けれども 翌朝学校の靴箱に入っていた手紙を見て、自分の至らなさを思い知らされた。

「もう忘れていたみたいだから」

釈明すればよかったのかもしれない。
謝罪すればよかったのかもしれない。



精いっぱいの虚勢を張るのなら
「ボーイフレンド/ガールフレンドの関係から、仲の良い同級生に戻った」
ということになるのだろう。

大人となった今、甘美な記憶をひも解くにつけ、そう思うが当時はそんな気持ちを抱けなかった。ほかにも学友との付き合いがあり、好奇心の対象も、学校から課される課題も山積だった。
そして3学期は終わってクラス替え。

2人の絆は風化し、霧消した。

あれから37年。
私が知り合った友人・知人の誕生日や記念日を忘れず、祝辞を送ったり話題に出す遠因は“彼女”を傷つけた、寂しい思いをさせたことに対する贖罪の意識にある。

そして 毎年とは言わないものの 夏が来ると ~近隣の商業施設でマネキンが水着や浴衣を纏い始める時期がやってくると~ 私の心は地獄の業火に焼かれることになる。プール遊びをして、お弁当を独り占めさせてもらったあの夏を思い出して。

体調を幾重にも壊し、気付かぬうちに人並より速いペースで死期を迎えようとしているのかもしれない、いまの私。

就寝していると、浅い眠りの中で見る夢の中に 昔の友人・知人・学友・恩師…多くの人々が現れる。
その中で最も忘れ難く、またもっとも穢したくない“こよなく懐かしい人”が彼女であることに疑問の余地はない。

逢いたいと考えたときもあった。とある事情で、2000年の春ごろにその思いは強くなった(が、その事情については本稿では割愛する)。

同時にあれこれ自問自答した。

中学2年のときの私は彼女を求めたのか?
高校受験のとき、彼女を励ましたのか?また、励まされたのか?
高校1年生の夏休み前、下校の電車内で再会した時に手を掴み、引き寄せ、抱擁したのか?
大学生活で学友とトラブルを起こしたとき、彼女に癒しを求めたのか?
社会に出てから 婚姻に発展しそうな、或いは発展させたくなるような異性に出会った時、それを躊躇させるほどに彼女の存在は重く鎮座していたのか?

人生の節目節目で 

「彼女はいなかった/意識の中になかった」

なぜ、これほどまでに彼女の記憶に執着するのかもなんとなくわかっている。しかしその気持ちに忠実に「今、行動すれ」ば、間違いなく地獄が開門する。



この2週間、著しく体調を崩し、あれこれ考え込む中で
「彼女は私という名の歴史の教科書の1ページに息づく歴史上の人物のようなもの」。
そう結論付け、自分自身に言い聞かせることで、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「久しぶりに子供時代に大切にしていたおもちゃ箱を開けてみたら、お気に入りの玩具に再会し、当時の心境に戻って戯れているのと同じ感覚なのではないのか」と、少々辛辣に自らを戒めてはいる。

けれども

「もう思い出すことはない」とは言えない。吹っ切れたとも言えない。
毎年とは明言しないものの、私の卓越した記憶力は私自身をこれからも苦しめるに違いないが、その苦しみを受け続けることが贖罪の一部だと思うようにしている。

いつか 美しい and/or 可愛らしい記憶のポートレイトとして フォトフレームの中で掛け値なく輝いてくれる想い出に昇華してくれるときが来ることを願いながら、気持ちの整理を続けていきたいと思う。

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37年前の赤い糸【2-3】

~ I like you. きみが好きです ~

私は中学校1年生 ~誕生日を迎える前だったので12歳~ の時に初恋をした。
幼稚園児が無邪気に「〇〇ちゃん、好き」と口にする次元ではなく手を繋いだり抱擁、キス、性的交歓の対象として意識した相手であり片想いではなく初めての(年齢相応の)お付き合いをしたガールフレンド、との営みを指して“初恋”と云わせて頂いた。

発端は1980年の夏。1学期の後半だった。
2年次&3年次の担任となる国語科教諭、(イニシャル)E.S先生が産休を取られたために 我々のクラスの国語授業を受け請ってくれたY.A先生。 1学期後半からの受け持ちであり、2学期にはE.S先生が戻ってくることが確定しており、夏休みに有志で「さよならイベント」をすることになった。
男女各々3名で、生活圏にあるレジャープールに遊びに行ったのだが、そこで私は初めてのガールフレンドとなるN.Sさんと、複数の意味で「あつい」時を過ごしてしまった。
女子生徒3名は思い思いにお弁当を作ってきていた。記憶が定かではないが男子3名はお弁当を用意していなかった。おそらく事前に“そういう取り決め”がなされていたのだろう。37年も前の話なので、記憶の一部が欠落しているのはご容赦いただきたい。
普通に考えれば「女子生徒3名が作ってきたお弁当を、当たり障りなく皆で分け合って」食べるのが作法だったのだろうが、私は無意識に“彼女”が作ってきたお弁当(おにぎり)だけを1人で(厳密には“彼女”と2人で)食べてしまった。
自分はそれほど深く意識はしていなかったが、あの時代から“同年齢であれば女性の方が大人/おませ”と相場が決まっている。残る2人の女子生徒(或いは残る2人の男子生徒)から「この二人、怪しい」と目をつけられたとしてもやむを得ないことだった。

今となっては可愛いものだが“彼女”はまだ12歳、中学校1年生の夏を迎えた少女としては発育がよろしく、性的な知識に疎かった私にとっても「ドキリ」とする容姿だった。
第二次性徴を迎える前の幼い“男の子”から脱却できてはいなかったものの、水と戯れる水着姿の彼女を見て、心も身体も熱くなっていくのを禁じ得なかった。
イベントが終了し、Y.A先生を電車の中で見送り、私と“彼女”、その他4名は最寄駅で降りたった。
意識したわけではなかったが、そのまま帰宅することはせずに駅と直結していた商業施設内で「マンガの立ち読み」。今のようにコミック(単行本)にビニル包装やシュリンク処理がなされていなかった時代。ふたりで「銀河鉄道999」を立ち読みした。
夏休みに具体的な動きはなかったものの、2学期の学校行事であるハイキングでは「グループ分け」を無視して2人で行動した。当時の中学生の間ではトレンドになっていたゲータレードなるスポーツドリンクの水筒を回し飲み ~周囲からは「間接キスだ」と囃し立てられた~ をしてしまった。
お互いに文化部(所属は開示しない)所属だった我々。
二人きりでの下校。野球部やサッカー部の学友の目にはバレバレで、よく囃し立てられ、からかわれた。
けれども当初の2人は、自分の感情に素直に行動していたと思う。
二学期の後半に当たる時期に、奇しくも2人の誕生日があった。さらに…幸か不幸か私の誕生日の方が「先にやってきた」。
2人で下校する道すがら、“彼女”から「誕生日のプレゼント、なにがいい?」的な質問を受けたと思う。
当時私はまだまだ子供だった。「鉄人28号(1980年10月3日スタートのアニメ作品)の〇〇が欲しい」的なことを言ってしまい、“彼女”を困らせてしまったみたいだ。

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なにはともあれ、私は誕生日にバースデーカードや文具などをプレゼントされた。

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狭い…当時高校生だった姉と共用していた“勉強部屋”での幼い交歓。
互いに「体育座り」をして、コミック本を読んで他愛のない会話をしただけだった。
勿論、その日を迎える以前から、気持ちは火照っていた私は、プレゼントへの答礼を兼ねた手紙の中で 13歳を迎えた少年(児童?)としては精いっぱいの告白をした。

バースデーカードに書き込まれていた“I LiKE YOU !”のメッセージに応えるように…
「キミが好きです / I like you.」

答えはYesだった。

当時は想いが届いたことに嬉しい戸惑いを抱いたことを憶えている。

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37年前の赤い糸【1-3】

~ お誕生日おめでとうございます ~

もうじき齢(よわい)50になる。決して大勢とは呼べないものの友人・知人にも恵まれている。“親友”と呼べるほどに濃い付き合いの方と云うのはそれほどに居ないものの、私が窮地に立たされた時に連絡をとったり、叱咤(・激励)してくれた方もいる。

そういう“お付き合いの濃淡”によって少々異なりはするが、私は多くの友人知人の誕生日を憶えている。そしてほとんどの場合、祝辞をメール乃至電話で伝えている。

こういうアクションを起こすと、素直に喜んでくださる方もいるし、困惑する方もいる。
「なんでそんなことを憶えているんだ?/憶えているの?」
「まるで“林家ペー”だね」

林家ペーなる人物がなぜ引き合いに出されるのか、私にはわからない。
どうやら林家ペーという人は、人様(ひとさま)の誕生日や〇〇記念日のように、無駄にアニバーサリー属性の日を憶えているかららしいが 真偽は確かめていない(wikiで調べればいいのに、怠惰から実行していない)。

私が人様の誕生日を完璧に近似の精緻さで覚えているのにはいくつかの背後事情がある。
一つには記憶力がいいこと
「ひびきの高校連絡帳」をスタートさせてもうじき8年になる。そのテーマの大部分には古今東西のアニメや特撮作品のエピソードや薀蓄話を織り交ぜている。
私はその殆どを記憶していて、文章として起稿するに当たり、錯誤を限りなくなくすためにネットで情報を精査する。その程度にしかネット内の情報源・データベースには触れていない。
勿論娯楽属性のコンテンツのみならず、学問(と、云うより学校での“おべんきょう”で要求される暗記という技能)についても、記憶力は遺憾なく発揮されて 私を助けてくれている。
私は物覚えが好いとは思うが、賢いとは思っていない。
なにはともあれ、それほどに記憶力には自信があると同時にこの記憶力の良さを負担に感じていている次第。
誕生日を憶えている背後事情の二つ目。
これは偏に「仲良し」だから。

自分が「仲良し」だと思っていたり「慕っている」というふうに立居振舞を見せても、お相手との間に感情や友好度の温度差がある場合は困惑される。
けれども「大切にしたい友人・知人だから“覚えた誕生日は忘れない”」。
とはいえ「お誕生日おめでとうございます」といった主旨の発信をした相手から、自分の誕生日に答礼が来ないときには ~ほとんどがそんな感じだが~ 寂寥感もひとしおである。
けれどもこの“寂寥感”については、一生背負っていかなければならない感覚なのだと自らに言い聞かせている。
それが三つ目の背後事情にも繋がっているのだから。

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ポプラ通りの家

毎年この季節になると、胸が苦しく、また苦々しい感覚に襲われます。

理由は…自らの至らなさが招いた「初めての恋の終わり」を思い出すから。

「初恋」と表現しなかった理由ですが、得てして初恋は「片想い」と混同されがちな単語、という印象が払拭できないからです。
私の初めての恋は中学校1年生のときの出来事として、ソフトフォーカスの向こうで 未だに淡い輝きを放っています。

体育の教科担任(♂)をして「いい女」といわせしめた少女。
12歳にして“おんな”の色香を醸し出す容姿の持ち主…だったようです。

しかしながら当時はまだ“こども”だった私は、クラス公認のボーイフレンド、ガールフレンドの関係を構築したにも関わらず、乙女心を理解することも感じることもせず…否、避けてしまい、周囲に対する照れもあって“大切な季節”が凍りついていくことを阻止できなかった。

中学校2年生のクラス替え、中学卒業&高校進学、その後 人並みに生きていれば自然と訪れたであろう別離ではあるでしょう。

でも、私の場合は照れと感性の未熟さから、図らずも別離の引き金を自ら弾いていた。

長い時間…36年の歳月を要しましたが、漸く吹っ切れたようです。

もう互いが心身両面and/orいずれかで重なり、交わることもない記憶の1ページ。

吹っ切れたからといって、私にはもう“飛躍”する翼はないけれども…忘れがたい、でも当時のように“感じる”ことができない記憶として、心の奥にリボンをかけてしまい込むことにしました。
ポプラ通りの家」。アニメ「キャプテン フューチャー」のED曲でした。記憶のかなたにある淡い恋模様を回想する男の心情を見事に歌い上げていると思います。甘美なメロディと共に、過度に美化されてしまった記憶に封印を…します。
欲でした

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【ウエディングビジュアル入手記念】幻想-1

扉の向こうの喧騒が、大きな波動になってボク達を圧迫している…

懐かしい学友たちの声、校歌を放歌する仲間…

傍らで戸惑ったように身を強張らせているウエディングドレス姿の花桜梨の肩をそっと抱き寄せる…

花桜梨「あの…いいのかな? わたしたち…」

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高校時代、賑やかな場所は苦手と云っていた花桜梨… “性分”というのは数年で変わるものでもないし、変わってほしいものでもなかった…

でも、今日は特別だ…

〔おーい、おめぇらーっ! そろそろ始めるぞぉっ!〕

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扉の向こうの大広間で、マイクを介して漏れ聞こえてくる声の主は、在学中の三年間、生徒会長を務めた…赤井ほむらさん…だろう…神社の捨て猫 ~シロ、クロ、ブチ~ への餌遣りが原因で遅刻の常習犯となっていた花桜梨を“取り締まっていた”鬱陶しい存在だった。

けれども遅刻の理由を知ってからは積極的にボクらの、否、花桜梨の協力者になって猫の“里親探し”に奔走してくれた、男勝りの女子生徒だった。

ボク「いいとか悪いとか考えることはないよ。今夜はボク達が…いや、八重さんが主役なんだからね」
いい終わらないうちに困惑した表情でボクを見上げる花桜梨
花桜梨「あの…もう…八重さんじゃ、ない…んだけど…」

そういうとボクのタキシードの袖口を不満そうに絞り込んでくる。
ボク「いいんだよ、八重さんって云う方がしっくりくるから」

…半分本当で、半分は嘘。

ボクも花桜梨も古風な倫理観を尊重している。だから世間で女性たちがどう喚こうと、結婚したらどういう風に振舞うかは口にせずともわかっていた。

〈でも…今夜は“八重さん”でいいな〉
改めてそう思いながら、花桜梨のドレス姿に見ほれてしまう。

〔貴様ら!なにをもたもたしているのだ!? とっとと会場に入らぬか!〕

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横柄な物言いに振りかえれば、そこにたたずんでいたのは会場を提供してくれた伊集院家の令嬢、伊集院メイ…さんだった。

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「いい…よ…私、賑やかなの、苦手だし…」

力なく項垂れるボクを慰めるような物言いの花桜梨…

テーブルには数種類の結婚情報誌…

挙式、披露宴に捻出できるゆとりなど、ボクにはなかった…

でも…花桜梨にとっては女性として最も輝ける瞬間であるはずだった…自分を選んでくれた女性(ひと)を輝かせることのできない、甲斐性の無い自分が情けなく感じられた…

それから数日後

懐かしい声が電話の向こうから飛び込んできた

陽ノ下光。ほかでもない、ボクの幼馴染。
〔結婚するんだってぇ? おめでとぉ… でね、花桜瑠くんのことだから…〕

さすが光。ボクの“事情”を適確に把握していた。
それがある意味耳障りであり、不快でもあった。

「あのさ、ボクに何が言いたいのさ!?」

結婚式も挙げられないボクを非難しているのだろうか、そんな被害妄想がつい、語気を荒げさせる。勿論光に非はない… 自分が情けないだけ…

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〔うんうん! キミなら怒ると思ってた! でも、これはキミたちにとっていい話なんだぞ!〕
明るい表情で言葉を紡ぎ出す光… その内容に、ボクは燭光を見出した気分になった…

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隣町にある「私立きらめき高校」の経営に携わっている伊集院財閥。その財力は庶民の感覚を著しく逸脱している。

ボク達の結婚を耳にした純や匠が、伊集院さんに掛け合ってくれたらしい。

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会場のみならず、衣裳の提供、挙式とパーティーの企画、参加者への連絡…

当日、花桜梨のマンションの前に滑り込むようにしてやってきたのは伊集院家の擁するリムジンだった… 家の執事と思しき初老の男性が恭しくボク達に乗車を促す…
高校3年生のクリスマスパーティー以来となる伊集院邸への訪問…

〔新婦様はこちらへ〕
紅いカーペットの敷き詰められた回廊の左右を、数えきれないほどのメイドさんたちが埋め尽くしていた… 戸惑い、ボクの方を振り返り振り返りしつつもメイドさんに促されてドレスアップルームに姿を消す花桜梨…
ボクはただ彼女を見送るしかなかった…

〔ささ、新郎さんも〕
件の“執事”がボクを別の部屋に促す…

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ボク「花桜梨…なの?」

花桜梨「花桜瑠、くん…おかしくない? 似合っている、かな…?」

眩いばかりのウエディングドレスに身を包み、頬を桜色に染めてボクを見上げる花桜梨…
その変貌ぶりにボクは感嘆の溜息を禁じえなかった…

ボク「伊集院さん、ホントに、いいの?」

今さらながらに事の重大さに気づいたボクは不謹慎にも“裏”がないかと後輩を訝った。

室内に響く金属音…
伊集院さんの護衛たちが携える銃火器の砲口がボクを狙っている…ものの、彼らの表情は穏やかだ…
“つまらないことは訊くな”と云わんばかりの気配に苦笑しかけた刹那

〔や~え~さんっheart02 綺麗だよっ、うん!〕
甘えたような声の、懐かしい顔が…

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花桜梨「佐倉、さん…来てくれたんだ…」
花桜梨が高校時代、心を開いた数少ない友人、佐倉楓子さんが駆けつけてくれた…
〔花桜瑠さんっ、奥さんの身の周りのお世話は私がしますから!〕
在学時代のまま、小動物のようにふるまう旧友の所作に破顔し、謝意を表して軽く会釈する…

〔いいかおめぇら!あんまり騒がしくするんじゃねぇぞ! これから新郎新婦のお出ましだからな!〕

〈一番騒がしい人が、なにを云っているんだか…〉

扉の向こうから響く 赤井さんの相変わらずの蛮声にクスッと笑ってしまう…

〔それでは私も会場で待たせてもらう。貴様!花嫁をしっかりエスコートするのだ!〕
いい終わらないうちに ~別の通路を使うのだろう~ 伊集院さんも会場を目指して踵を返していった…

楓子「それじゃ、行きますよ! 扉、開けますね!」

佐倉さんを介助するように、メイドさんが扉の取っ手に手をかける
それまでくぐもっていた喧騒が明瞭になって耳に飛び込んでくる…
懐かしい友人の声
きらびやかなシャンデリアに照らし出された広間

そして…

〔おめでとう! 花桜瑠くん、八重さ…ごめん、花桜梨さん♪〕

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花桜瑠 / 花桜梨「華澄お姉ちゃん♪ / 麻生先生…」

広間の入り口で迎えてくれた恩師、肩越しに飛び込んでくる旧友の顏、顔…

手に手を取って、一歩を踏み出す…

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咲遅れの桜が満開になった瞬間…

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【加筆版?】35年前の記憶

父がアルツハイマーと診断されました。

残念ですがこれが人間としての営みの一つなのでしょう。
通院させ、投薬してもらい、一応の気遣いはしていますが喧嘩をするときは喧嘩してしまう。

先日は私が大切にしていた書物を捨てようとしていて、慌てて引留め、言葉でぶん殴ってやりました。

中学時代になけなしの小遣いで購入したアニメ関連のムック本が殆ど。
検品・安全確認を兼ねてページをめくっていると一枚の写真が… 中学校2年生の時のガールフレンドの写真。

付き合っていたというには幼すぎたし不器用だった。
互いに憎まれ口をきいたり「家庭科の調理実習で作って失敗(?)したサンドウィッチ」を食べさせられたこともあった。

最後は 残念だけれども喧嘩別れでした。


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でも35年も経った今 特別に憎悪を抱いているわけでもなく、素直に「懐かしい」「あのころは可愛らしい(幼い)男女だったのだな」と軽くため息をつき、ククッと笑いながら写真を見つめています

「機動戦士ガンダム」に登場したフラウ・ボゥに少し似ていたところがあった少女。



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夏の林間学校が近づいた1学期の ある日、あくまでもハプニング(故意ではない、と同義)でしたが彼女の裸体を見てしまいました。

元気で過ごしているのだろうか?

いや、私と喧嘩別れして正解でしたよ(笑) 
今の私はその後「7人の侍」に傷つけられまくって三次元女性に対しては猜疑心が先行する男に変質してしまいましたから(^_^;)

息災でありますように。あのころ、あの日に戻れないと頭では理解しつつ 「忘れ難し」…

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女性の社会進出の弊害が出てきましたね(女性観 ~第二期~ その4)

大阪市立中学校の校長が今年2月、全校集会で「女性にとって最も大切なことは子供を2人以上産むこと」と発言し、「価値観の押しつけ」と波紋を広げている。
とされるニュース記事がこの数日、世間を騒がせていますね。

卒業式ではなく、校内の集会で女子生徒に対して出産の奨励、男子生徒について育児への協力などを示唆したようですが、その内容が歪曲されて誤認されたり、少々横柄な当該校長先生の態度も相まって批判が高まっているようです。本件については私も興味を持ちましたので 愚見を披歴させて頂きます。

~企業の経営者にとっては都合の良い“女性の社会進出”~

この校長先生の言うことを踏まえて、世相を鑑みて「企業の経営者の目線で」考えてみます。

レディースデー
レディースセット
セクシャルハラスメント
痴漢
痴漢冤罪
女性専用車両
男女平等
女性の時代
女性の社会進出



男性にとっては不快千万な“女性びいき”の単語を列挙してみました。
企業の経営者にとって 出来るだけ安い賃金(失礼)で高いパフォーマンスを引き出し、業績を上げるためには所謂「女性の時代」的な標語というのはとても都合がいいのではないかと思います。


男性(従業員)に対して敵愾心むき出し
馬車馬のように働き、貪欲に知識を吸収し、能力を発揮する
それに伴い従来型男性従業員のプロモーションの機会を奪い、男性従業員の人件費の上昇をけん制・抑制し、場合によっては(出世コースからの脱落乃至)被用者側からの能動的雇用契約の終了まで期待できる。

当の「女性の時代」を声高に叫んでいる女性従業員(管理職と近似の意です)も、適当・適切なお年頃になると「女性の幸せ」を夢見たり、社内ポリティクスに疲弊して去っていく(でも、それまでは十分にパフォーマンスしてくれているから経営者にとっては都合がいい)。

~女性自身による、女性への逆襲~ 


他方、困ったことに「女性の時代」を標榜し、世間の風潮を追い風に肩で風を切って歩んできた女性たちは、婚期を逃さないかもしれないが「母親になる可能性」からちょっぴり遠ざかってしまっていることに遅まきながら気づく。

そして、頼みの「旦那様ハート達(複数ハート)」はかつて自分が振舞ったように「女性の時代」を金科玉条のように発信して好き勝手に振舞っている「働く女性」「似非キャリア志向の女性」…いわば「奥様」の亡霊の様な「“女性の時代”かぶれ」に翻弄され、プロモーション&昇給を妨げられたまま。

企業の経営者は安くて優秀な(女性)従業員を使役し
都合が悪くなれば勝手に「女の幸せ」を求めて去ってくれるが故に過剰な賃金上昇はセーブでき、次の「“女性の時代”かぶれ」を管理職に据えてしまう。

男性はあとからあとから登場する「“女性の時代”かぶれ」の「ジェットストリームアタック」に翻弄され、いつまでも職位も賃金も上がらない。
かつて「“女性の時代”かぶれ」だったものの、今は「女の幸せ」「子育ての喜び」を望む立場になってしまった「奥様」を養うこともできず、パートさんなどとして暮らしを支援してもらい、結局子宝を授かるチャンスを逸してしまう。



正論だとは言い切りませんが「女性の時代」と声高に叫び出され始めたころに社会に出たため今の子育てのし辛さ、産みにくさの遠因というのは「こんな感じなんじゃないの?」と思っています。

過日 乱暴な表現で「保育園に落ちた日本死ね!」と毒を吐いていた方もいらっしゃいましたが、いびつな形で女性が社会進出しなければ、保育園になど入れなくても、旦那様の収入だけで在宅でお子さんを養って行ける可能性が相対的に高かったのかもしれない。

~女性同士の共食いから脱却する方法を考えなくては国家が衰退するかもしれませんね(笑)~

“女性”が“他の女性の配偶者”のプロモーションを妨げ、結果“他の女性”が共働きをせざるを得ない状況に追い込んでしまう。“当該女性”も配偶者を得て子宝を授かりたい頃には“他の女性”の台頭で“自身の配偶者”の労働環境が不安定になる…そういう負のスパイラルに陥り、さしあたって脱却できなくなってしまったのではないでしょうか?


~結び~

この校長先生、言葉は(マスコミに対して)きついし、お顔はシャープを乗っ取った台湾企業の社長さん(またはキートン山田氏)に似ていますけれども、主張していることはそれほど過激ではないと思います。

少なくとも、どこかの大統領の座をかけてトンチンカンなことを云っているカードゲームみたいな名前の赤ら顔のオヤジよりは真っ当。

傍観するしか術を持ちえませんが、私はこの校長さんを排斥するようなムーブメントには反対です。 


以下、ニュース記事のコピペです


大阪市立中学校の校長が今年2月、全校集会で「女性にとって最も大切なことは子供を2人以上産むこと」と発言し、「価値観の押しつけ」と波紋を広げている。吉村洋文市長は14日、「子育てとキャリアを二者択一で比較するのは不適切」と批判。市教委も処分を検討している。一方、校長は産経新聞の取材に「出産が義務と言ったのではない。子供たちに、親や保護者、社会への恩返しを考えないといけないという観点で話した」と発言の趣旨を説明した。


 発言したのは市立茨田(まった)北中学校(鶴見区)の寺井寿男校長(61)。発言の意図については「子育てが煩わしいもの、損なもの、という考えもある現状を変えたい、それだけではないということを、子供たちに伝えたかった」と語った。


 しかし、発言の内容が報道されると、インターネットを中心に「価値観の押しつけだ」などと批判が広がった。寺井氏は「(発言の)一部を切り取られて誤解を招かないように」と、発言の要旨を同校のホームページで12日朝から公開。夜に市教委の削除依頼を受け、13日朝に掲載を取り下げた。


 大阪市議会の教育こども委員会では14日、この問題が取り上げられ、西崎照明委員(公明)は「内容があまりに偏っている」と批判した。自民党の北野妙子委員も取材に「発言に傷つく人がいるのは確かで、教育者として配慮が足りなかった部分がある」と指摘。一方で「社会への恩返しが必要という点は理解でき、発言が間違っているとまでは言えない」とも話した。


 吉村市長は記者団の取材に「子育ての大切さを訴えたかったのだろう」と発言の意図に理解を示しつつも、「子供を産む、産まないの選択は、最終的には個人の判断。優劣をつけるものではない」と指摘。「多様な価値観があるというのは伝えるべきだった」と語った。


 麗澤大経済学部の八木秀次教授(憲法学)は「デリケートな話なので表現は注意すべきだ」としつつ、「子供を産み育てることの価値は今の教育で欠けている部分であり、それを伝えること自体は全く間違っていない。言葉狩りのような状況になると建設的な議論ができなくなる」と指摘している。


 ホームページに一時公開された寺井校長の発言要旨


 今から日本の将来にとって、とても大事な話をします。特に女子の人は、まず顔を上げてよく聴いてください。女性にとって最も大切なことは、子供を2人以上産むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。


 なぜなら、子供が生まれなくなると、日本の国がなくなってしまうからです。しかも、女性しか子供を産むことができません。男性には不可能なことです。


 「女性が子供を2人以上産み、育て上げると、無料で国立大学の望む学部に能力に応じて入学し、卒業できる権利を与えたらよい」と言った人がいますが、私も賛成です。子育てのあと大学で学び、医師や弁護士、学校の先生、看護師などの専門職に就けばよいのです。子育ては、それほど価値のあることなのです。


 もし、体の具合で、子供に恵まれない人、結婚しない人も、親に恵まれない子供を里親になって育てることはできます。


 次に男子の人も特によく聴いてください。子育ては、必ず夫婦で助け合いながらするものです。女性だけの仕事ではありません。


 人として育ててもらった以上、何らかの形で子育てをすることが、親に対する恩返しです。


 子育てをしたらそれで終わりではありません。その後、勉強をいつでも再開できるよう、中学生の間にしっかり勉強しておくことです。少子化を防ぐことは、日本の未来を左右します。


 やっぱり結論は、「今しっかり勉強しなさい」ということになります。以上です。

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マーグというのは、ロゼにケチをつけないと魅力を語れないほどにせこいキャラクターなのか?

~ゴッドマーズ腐女子襲来~

昨年暮れ、某SNSのお題で「アニメに登場する双子のキャラクター」が特集されたことがあります。

私は「聖闘士星矢」に登場する双子座の黄金聖闘士に言及してもよかったのですが「六神合体ゴッドマーズ」の明神タケル&マーグに言及しました。すると…まだ居たんですね「ゴッドマーズ腐女子」が(笑)
私はタケルとマーグを推すと同時に「マーグの魅力が今一つわからない」という愚見を披歴したのですが なんというか、腐女子が釣れてしまって(^_^;) まぁ、仕方ないのかな…

要するに「マーグの魅力が分からない」と発信した私に「マーグマンセー」な女性が絡んできたわけです。

「ああ、まだこういう女性がいるんだ」

と、残念感満載で脱力しました。

~なぜマーグの魅力を語らずにロゼの落ち度(?)にこだわるのか~

その後…喧嘩腰ではなかったのですが意見交換をさせてもらいました。

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(写真向かって左側がマーグ、右側が明神タケル(マーズ))

当該女性ユーザーの主張の根幹は「マーグを殺したロゼが許せない」「マーグを殺したくせに弟のタケルを好きになって云々」と(笑)

いや、「ロゼを好きになってくれ」「ロゼを許してやってくれ」なんてこちらから要求していない。
「ロゼの何処が悪いんだ?」と聞いたわけでもない。
また私に対して「ロゼが好きな理由」を問われても答える義務は無い。
ただ、見ず知らずのネット上の人間に絡んで来て、相手が好いているキャラクターをこき下ろすという方法ではなく、ご自分が好きだと言っているマーグの魅力について話してくれればよかった。

それがたとえ周囲から見て「それの何処が魅力的なんだ?」と言われようとも、一応「蓼食う虫も好き好き」で こちらから能動的に攻撃等しはしない。

ところが「マーグのここが好き」ではなくて「ロゼのここがいけない」というコメントばかりが私にぶつけられてきた。「今は2015年(当時)であって1982年ではないのに…」当該女性はどのような気持ちで私に絡んできたのか…

~結局マーグの何処に魅力を感じたのですか(笑)?~

ハッキリ言います。私はマーグの魅力が分かりません…あれ?魅力はあるかもしれないですね(笑)
結局ゴッドマーズに登場する双子の兄弟の魅力というのは、その出自の悲劇性に立脚しているモノだと思うわけです。

マーグだけにフォーカスするなら、双子の弟を地球に送り込まれたことを幼い段階で知ることとなり、当該弟の返還を懇願する母親を目の前で殺害された。
天涯孤独の身になって暗愚のふりをして仇敵であるズール皇帝一味の動向を探り、それが発覚して洗脳され、たった一人の身内となった弟と敵対することを強いられ、最後はロゼの誤射(?)によって落命する。

それに美少年というエッセンスが加わっているモノだから、世の腐女子のツボを捉えるのも無理はない。

~マーグが殺されなかったら?~

「マーグの魅力」そのものではなく「そういうところをマーグの魅力だと言い聞かせて」キーキー騒いでいる女性の気持ちはわからないでもない。
でもちょっと聞いてほしい。ロゼがマーグを殺さなかったとしても、マーグの魅力は変わらなかったでしょうか?マーグのファンからロゼが疎んじられることはなかったのでしょうか?

答えは否、だと思います。

マーグは「死んだからこそ」タケルよりも人気を博した。
生きていたら何が起こるかわかりますか?
窮地に陥ったタケルを心理的のみならず物理的に支援できる。おそらくはゴッドマーズを操縦することもできたでしょう。

そんなマーグに腐女子は魅力を感じるのでしょうか?

~マーグマンセーな腐女子さんに“もっと残酷なお話”をしてあげましょうか?~

マーグが死ななかったら、番組の構成上、タケルをヒーローに据え置くために戦線を離脱することも考えられた。たとえば復興したギシン星に戻って、遠くからタケルを見守るとか。その際、マーグの傍にいるのは誰が濃厚でしょうね?

(下記画像上段の)日向ミカ(笑)?
それとも(下記画像下段の)明石ナミダ(爆)?

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洗脳が解け、心理的に疲弊し、肉体的にはタケルほどに強靭とは思えない彼の傍には、適度に…心身ともに“強い女性”が必要になるのではないでしょうか?

ゴッドマーズという作品の根幹には「愛」という言葉が流れ続けています。
疲れ切ったマーグと、甲斐甲斐しくマーグをいたわる女性…その間に 恋慕の情が産まれないと言い切れますか(笑)?
まさかその「いたわる女性」がルイ(ロゼの妹)だなんて考えにくいですよね?

そう、マーグが存命であった場合、ロゼは「別の理由で」腐女子に憎まれるでしょう。



私はマーグが死んだからこそ魅力的だったのだと思います。
そしてマーグが生きていようが死んでしまおうが、ロゼが腐女子に憎まれることは確定していたのだと思います。

マーグが死んだから「マーグを殺した憎い相手」として。
存命だったら「恋敵」として(笑)

いまだにSNSのゴッドマーズコミュではマーグのコスプレをして悦に浸っている女性…腐女子の言動が目立ちます。
「装甲騎兵ボトムズ」というとATの模型のことばかりが採り上げられるのと同じように、「六神合体ゴッドマーズ」と云えばマーグのことばかり(笑)

~ロゼを「子供を産む機械」と遇するマーグ腐女子の身勝手さ~

一つだけ毒を吐いてやりましょうか?

かつて「ジ・アニメ」「アニメディア」「マイアニメ」などのアニメ雑誌の中で「タケルとロゼを結婚させて男児を産ませ(笑)マーグ二世にすればいい」という声があがっていました。
当時私は14歳。修学旅行で訪れた東海大学海洋科学博物館で、「どうすれば(人間の)赤ちゃんが産まれるのか」を知ったばかりでした。
タケルとロゼを裸にして性行為をさせる?

2007年に「女性は(子供を)産む機械」という発言をして叩かれた政治家がいましたね。
世のゴッドマーズ腐女子は1982年(笑) 政治家の発言よりも四半世紀も前にロゼを指さして「マーグのコピーを産む機械」のように発言していたのですね。

当時私は猛烈な嫌悪感を催しましたよ。徒に長生きさせれば、結局レゾンデートルを歪曲されて神々しさを失ってしまうであろう少年の延命を望んだのみならず、死んでしまえば同じ顔の人間をつくるために 目の仇にしている少女を「産む機械」のように遇して夢を語る…

ふざけなさんなって…

~ロゼ、きみは美しい~

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私は当時、ゴッドマーズが大好きでした。いまだにカンペンケースや下敷き、カレンダー(1983年の卓上カレンダー)などを持っています。

でも今になってみると、毎回おなじみのプロットを繰り返す作品そのもに魅力を感じることが難しくなり いまだにマーグマンセーを放言する腐女子のふるまいを苦々しく思うような状況です。

そういう人たちと交わらなければいい。そう思いつつも 忸怩たる思いを抱きながら、心のアルバムをめくっています。

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女性専用車両と、痴漢冤罪問題(女性観 ~第二期~ その1)

女性専用車両がデビューして久しいですね。
またそれに先立つ「女性の時代」「女性の社会進出」というフレーズが闊歩して久しいですよね。もう四半世紀以上になりますか。

実体験の場としては、私が社会に出て間もなく「男女雇用機会均等法」が幅を利かせてきました。
法整備された時期について論じているのではなく、それが生活の中で「声高に叫ばれ始めました」と云っているのです。
女性が社会進出することに何ら含むところはないのですが、それに伴う弊害として「痴漢」の問題がクローズアップされるようになりました。

痴漢という言葉は、小学校2年生で覚えました。「えっちな悪戯をするひと」程度にしか認知していなかったのですが、大人になり、ここまで頭の痛い、世間の男性を萎縮させるテーマになるとは思ってもいませんでした。

私は健康な男性ですが この年になってしまうと女性の裸を見ても「アーマーマグナム」は起動しません。起動しないというのは「老い」ですとか「心因性の弊害」「男性の更年期障害」を理由としている、という意味ではなく、経験が豊富になってしまい(笑)多少の刺激では、おいそれと起動しない、ということです。
お陰さまで毎朝「アーマーマグナム」の起動は確認できます。

さて昨今、電車内における
★痴漢
★痴漢冤罪
が断続的に話題となり、その話が発端乃至遠因となって女性専用車両なるものまで産まれてしまいました。
私は当該車両の存立及び運用を耳目にして、鉄道会社の偏った視座を感じています。そしてこのチグハグしたシステムを受容してしまった社会もどうかしているのではないかと思っています。

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こちら(上の画像)をご覧ください。
どこまで(どの地域まで)浸透しているのか、知る由もありませんが、私の生活圏…首都圏の鉄道各社の構内で見ることのでき“た”痴漢撲滅のためのポスター…のようです。

少々クラシカルなデザインが鼻につきますね(笑) 私の少年時代“よりも少し上の世代”の方が親しんだ漫画のタッチを髣髴させます。

★「痴漢が犯罪」
★「みんなの勇気と声で云々」

とありますね。

ところで
痴漢が犯罪であることを知らないで、公共の交通機関を利用している人はどれだけいるのでしょうか?
私などは小学校2年生で痴漢という単語は知りえたわけですし、それが「悪戯の範疇を越えて、社会から受容されない行為だ」ということも小学校の高学年にでもなれば 誰でも理解しているのではないでしょうか?今さら感満載のポスターですよね(笑)

私はこのポスターの、物理的でない薄っぺらさと、社会のいびつさに嫌悪感を抱いています。

善良な市民は痴漢を悪事だと理解しています。それが“犯罪”と認知するか否かについては温度差があると思いますが、中等教育乃至高等教育が終了する頃には“シャレにならない悪事”だということは知識として浸透しているでしょう。
そして痴漢行為の被害者は、勇気があろうがなかろうが、訴えて然るべきであることも理解している筈です。実際に訴えるか否かは個人の資質によるものであり、勧誘・過度な奨励と曲解されるようなアプローチは無用だと考えています。勧誘・奨励は個人の資質に訴えかけづらい。強制しない限りはね。そう思っています。

別に被害者に“訴える勇気がない”ことを咎めたり、気弱な被害者に襲い掛かった痴漢を擁護したりするわけではないのですが、わざわざ、いまさらポスターで啓蒙するような事柄なのでしょうか、ということを申し上げているのです。

「痴漢は犯罪」
そんなことは善良な市民は理解・認知しており、不幸にして痴漢に遭遇した方も「被害に遭えば被害届を出すものだ」くらいは頭では理解できるのではないでしょうか。にもかかわらず少なくないであろう広告宣伝費を介してこのような“分かりきったことを連呼するような、いささか無駄だとも思える”媒体を発信するのは徒労と近似であり、悪戯に「生き辛い」環境を助長しているのではないかと思います。

フランス皇帝ナポレオンの言葉というと「余の辞書に不可能の…」が一般的なようですね。
彼の発信の中には次のような言葉もあります。

~有能の士はどんな足枷をはめられていようとも飛躍する~

酷い云い方ですが、どれだけ「それは犯罪ですよ」と言っていても、痴漢を絶滅させることはできない。痴漢をしたがる憂悩(有能ではない)の士は、どんな足枷をはめられていようとも痴漢をしてしまうでしょう。対処療法的に捕縛し、検挙(ですか?)することを繰り返すしかない。
巷で「喫煙してはいけません」とポスターを貼付乃至標識をペイントしようとも、そのそばで紫煙をぷかぷかしている悪童は絶滅しないではないですか。
やっても無駄なことに対して、よくぞここまで広告費をかけることができるものだと呆れています。

痴漢と表裏一体の話題として、痴漢冤罪の問題がありますね。

私は件のポスターを発信するのであれば、それと併せて痴漢冤罪を牽制する発信もなされなければアンバランスなのではないかと思っています。
かつて私は新宿駅を起点とし、八王子方面に軌道をもっている鉄道会社の車両に乗って通勤していました。その沿線で起きた「痴漢冤罪事件」の一つが小説となり、映像化されたことは おぼろげにであっても世間は浸透しているものと思っています(認知していない人を、怠惰だと責めるつもりはありません)。
私は「絶対に痴漢をしない」ではなく「絶対に痴漢冤罪のターゲットにならない」ことを目標にして通勤していました。
真夏であっても長袖のワイシャツでした。半そでワイシャツでは、袖口がちょうど(隣り合わせた女性の)二の腕に触れることになり、図らずも“フェザータッチの愛撫”をすることになってしまいます(少年時代に“これ”で大人の女性から咎められた経験があるから言っているのです)。
更に上着を着て、鞄の中には軍手乃至(冬場に着用すべき)革手袋まで忍ばせていました。
「どう考えてもこのひと(八重花桜瑠)に痴漢はできない」という外見を構築して通勤していたのです。

古風な日本人の美徳の一つとして「話せばわかる」のようなメンタリティがありますが、痴漢の冤罪で捕縛された場合、理詰めで話す男性と、しなを作り、涙を流し、声を震わせて訴える女性では後者に軍配を上げるのが司法の常道になっているようですからね。

以前には大学生カップルが痴漢被害者と拘束者の役割分担をして、善意の市民を痴漢に仕立てるような事件がありました。それを考えれば、また痴漢牽制に類するニュースが発信されるたびに沸き起こる反応を鑑みれば、「痴漢冤罪(を、演出する人)もまた犯罪(者)なのだ」と声高に叫ぶべきではないですか。

にもかかわらず「そのような」発信はなく、常に女性が弱者であることを前提に、いまさら「分かりきったこと」でもある「痴漢は犯罪」「勇気をもって被害届を」などと、カビの生えた啓蒙をする。

こんなポスターだけでも辟易していたのに

Photo

今度は新作(上の画像)が出たようですが、バランスを保つためにこういうポスター(下の画像)もあって然るべきですよね。

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顧みてください。
男性から女性に対して「お前たちは家(職場でないフィールド)でラクな生活しやがって!つべこべ言わずにオレのやっていること以上のことを社会に出てやってみろ!」のような発信がなされたことがあるのですか?

違いますよね?

どちらかというと
「ちょっと男性さん、あなたたちが社会でやっているようなことは、私達だってできる。寧ろ女性特有の感性(褒め言葉です)を以て、もっとうまくやって見せるわよ、だから私たちをもっと社会進出させなさいよ!」的なムーヴメントがあったんですよね?

少なくとも私の初めての職場ではそういう機運がありました。

私は女性が社会進出“していない”などとは感じていませんでした。
医療の現場で、流通で、教育の分野で、芸能で…女性はその猛々しい・ふてぶてしいメンタリティをしなやかな肢体と化粧ときらびやかな衣と偽りの涙で隠蔽して経済活動に寄与してくださっていたではないですか?

その上改まって「女性の社会進出」だなんて(笑) 今さら感全開でした。

少し譲って「より広範囲に進出したい」というのならそれはそれで結構でしょう。

しかしながら、大口をたたくのなら、日本の経済の中心地(社会通念上“都市”と呼ばれている地域)に向って“移動”する際の“交通機関”の特性・状況も踏まえて発信して欲しかったですね。満員電車。真夏であれば汗をぬぐうことすらできないほどに混んでいる。見ず知らずの客の汗の滴を自分の衣服に、バッグに浴びる覚悟はできていたのですか?
冬場であれば、コートの装飾が第三者を邪魔することもある、大切なアクセサリーがはじけ飛ぶこともある。そういう覚悟は?
時には灯りに引き寄せられて、蜂や蛾などの小動物が車内を飛び交うこともある。刺されることもある、面体に留まって羽根をパタつかせることもある。勿論痴漢も存在しており、時には男性ですら“痴漢の被害者”になることもある。そういう環境に飛び込んでもなお、社会貢献したいのだという覚悟はできていなかったのですか?

社会に出るというのは、住居を出て、紆余曲折を経て職場に到着し、業務を全うし、無事に帰宅するまでを謳ってしかるべきなのに、どこでもドアをもって瞬時に職場に移動することを妄想し、その過程における「社会の弊害、きたならしさ」を受容する覚悟がなかったのでしょうか?そう断じられても仕方がないですよね?

どんな営みでもそうですが、「おいしいところ」ばかりに注目し、それに付帯する不具合については目をつむろうとする輩は受容されないものです。否、受容したくないものです。

胸を張り、青雲の志を以て社会進出あそばされる女傑ご一同様におかれましては、その過程における艱難辛苦も是非、乗り越えて頂きたいと思っております。

(蛇足)
私はここまで、痴漢のくだりの中で「被害者」に相当する部分に「女性」という単語を極力使っていません。
それは、私自身が中学校2年生の時に痴漢の被害にあったからです(笑)
JR(当時は国鉄)武蔵野線車内で、身動きできない私の掌を握り、自身の「ベレッタ」に押し付けた男がいたものですからね。そういう意味で、例のポスターについては「男性を被害者としたポスター」も発信して頂かないと、アンバランスなのではないかと思いますけれどもね。

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