心と体

今朝見た夢

もう悪夢に近いですね。

【一本目】

登場人物は
小学校時代のI野先生(受け持ってもらった経験はないが、背が高く、子供心にイケメンだと思っていたのでおぼえている)
中学校時代のS藤先生(体育の教科担任。生活指導担当。角刈り。怖かった)
高校時代のI先生(1年生のときの担任、何故出てきたのか分からない)

順番に現れて、なぜか「バスケットボール」を「楽しく」プレイしている。

で、場面が変わって「電車に乗り遅れる」(笑

よく分かりませんね

【二本目】
登場人物は
見ず知らずの男性(夢の中では私の上司に当たるらしい。たばこを吸っている)
以前の上司のT岡氏

なんだか私が出張に行くことになっているらしく、新幹線のチケット(乗車券、座席指定券)を渡される。
謎の上司のお小言が多く、駅に向かうのが遅れそうになり、結局「出張」は日延べに。
「指定券をキャンセルせにゃならんのでは?それに(指定されている)この新幹線はすでに走っていますけど」
と詰め寄ったところで覚醒。

…とにかく私の夢には「電車(への乗車、降車、乗り遅れ)」がつきもののようで…

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東京ブラックサンダー

今日は父親の認知症治療のため、自宅から電車で小一時間ほどの場所にあるクリニックに行ってきました。
認知症と発覚してから2年になりますので 通い始めてもほぼ同じだけの「積み重ね」があります。

しかしながら 今日は父親が「むずかった」ので 適当な口実をつけて私が“名代”として単独でクリニックに行きました。

父には悪いですが、名代で単独行動を取るときの方が心身ともに楽です。

そして“通院”“投薬”が終わってから 久しぶりにJR船橋駅周辺を散策することにしました。

駅構内では催事が催されており、ゴールデンウィークのお土産物の物販ワゴンが並んでいました。

そこで懐かしい商材に目がとまりました。

「雷おこし」。

実は30年ほど前 1988年の夏に、浅草雷門脇にある「常磐堂雷おこし本舗(の、本店)」でアルバイトをしていました。
この年の初夏(6月初旬)から体調を崩しており 大学生活に暗雲が垂れ込めていた時期でもありました。
気分転換と(少々の)社会勉強を目的としてカウンター内で商品を並べたり、水飴の入った一斗缶をいくつも抱えて倉庫に運んだり… 体格の華奢な私にとってはかなりの負担でした。

とはいえ短時間のアルバイトにもかかわらず お店の人たちは良くしてくださいました。

以前言及しましたが 私はこの年の2月11日から「アニマル浜口ジム(当時は「アニマル浜口トレーニングジム」といいました)」でトレーニングをしていました。

Photo

厳密には「アルバイトをしてからジムでトレーニング」という時間はさほどなかったです、はい。
理由は「体調を崩していたときに アルバイトをしていた」からです。
そういうときに浜口さんは決してトレーニングを許してはくれませんでした。

もう30年ですからね、ちょっと懐かしく、また 寂しい気分にもなりました。

本日購入したのは

「東京ブラックサンダー」

25p1030162

季節限定みたいですね。売り場のスタッフさんに、自分も30年前には売り子をしていたことや 浜口ジムのことも話したのですが、やはり世代が異なるのでしょうか、責任者とおぼしき男性でも、常磐堂のそばに浜口ジムがあったことをご存知ないようでした。

これも時代の流れなのでしょう。ノスタルジーに浸りながら 家路につく車中の人となりました。

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明朝の悪夢の予想

ほぼ連日ペースでイヤな記憶、イヤな人が現れますので、明朝(2018年4月21日6時00分~8時00分頃)にも、歓迎したくない映像が脳髄に襲いかかってくるでしょう。

一応予想しておきます

Y口部長さん
A部C恵子
S木さん

I藤J子
T田K一
Y田S幸
I曽根Y
S原誠

…この辺かな

M川部長やK藤会長の可能性も否めないですが 関係者が既出なので(笑)

あ、本命はK池N子かもしれないな…

…もう 結構腹立っています。

…どんとこいや…みんな564てやる…

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今朝6時21分~7時20分の間に見た夢

新卒で就職した会社の「初めての上司」が登場。

ロケーションは変わり果て、従業員も「見たことのない人」ばかり。

私のパソコンを操作してファイルを見て…

これだけ連日リアルに近似の夢を見ると疲れてしまう。

この「シリーズもの」の視聴を終えた先に待つのは「死」ですか?

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今朝の悪夢

なぜか大学時代に逆戻り(年齢そのままで大学に再入学ではなく、意識は22歳の大学生)。

単位取得のための試験を受けようとしていた模様。

ところが

出席日数が足りない
掲示板を見ていない
などの「受験資格未達」で右往左往するという話。

そして夢の中らしく、区間はあちこちワープする。

大学最寄り駅から京浜急行線車両とおぼしき電車に乗ったと思いきや、新京成電鉄の路線を走っている

いやはや とんだ「悪夢」でした。

実はこのコンセプトの夢は20代~30代の間、よく見ました。

ご参考までに

私は大学の講義をさぼった回数は2回(2コマ)、教室変更に気づかずに「休講だ」と誤認して欠席してしまった回数が1回(1コマ)だけ。

とても真面目な学生でしたので 夢から覚めれば“一応”笑い飛ばすことができます。

最近不快な夢ばかりです。

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今朝見た夢

枕の下からスズメバチが現れた。

近所の理髪店のおばさんに相談していたところで目が覚めた。

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変な夢を見ました

伊豆に一泊旅行を計画していたのに
休暇を1日しか取得していない
同行するのはつい最近まで一緒だったM井氏
なのに
取得申請する先が
5年前の上司のT岡氏(笑

…7時30分から8時10分までに見た夢でした(^_^;)

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「てめぇが降りれや!」と喚く生物(なまもの)に快適な環境を提供する必要があるのか?

テレビ朝日「(羽鳥慎一の)モーニングショー」で、さる2月16日、東京メトロ千代田線車内で起きた「女性専用車両に男性客が居座った」出来事が取り上げられ、氏の発言にも注目が集まっていますね。

実はこの番組、見ていました(現在動画サイトを見ても見つからないので「ひびきの高校連絡帳」に“貼る”ことはできません)。

「問題」を提起した3名の男性に対する罵声の洪水。
仕事に遅れるだのなんだのと、耳あたりのいい理由を叫びながら紡ぎ出された言葉は掲題の
「てめぇが降りれや!」
という麗しい言葉。

別のシーンでは「たたき降ろせ!」「降りろ!降りろ!」と連呼する女性客の「お囃子のような」蛮声。

こんな立ち居振る舞いをする生き物の発言のどこに「心ない男性からの強制わいせつ行為に怯懦する大和撫子and/or乙女」の姿を認めろというのでしょうか?

つまるところ「女性専用車両」という名の「似非グリーン車」を「グリーン料金なし」で利用している気の強い女性客の巣窟と化して居るではないですか。

テレビを見ただけではありません。

かつて…2009年頃、友人とレイトショーの映画を見て徹夜で遊び歩き、朝(始発ではありません)の京王線の電車に乗ろうとホームで待っていたことがあります。

八王子方面からホームに入ってくる車両の先頭が「女性専用車両」だったのですが、八王子方面に向かう場合は「女性専用車両」の適用はされていませんでした。

故に、八王子方面から来る先頭車両/八王子方面に向かう最後尾の車両に乗ろうとホームで待っていたわけです。
電車が滑るようにホームに到着し、扉が開く…【夜叉の形相の】女性客が吐き出され、我先にと(私を押しのけようとしながら)足早に改札に向かって歩いて行く…
彼女らのどこに「痴漢におびえる女性」の面影を見いだせというのでしょうか?

唖然として「無人となった」「数分前まで」「女性専用車両」「だった」車両に足を踏み入れたところ、むせかえるような化粧の匂い…

慌てて「最後尾から二番目」の車両に移動しました。

ここ数日ネット内では女性専用車両の合法性や是非について取り沙汰されていますね。
合法か、違法かなんて関係ないんですよ。

もう…ではなくかなり早い段階から、女性専用車両は「本来の用途」としては利用されていないんです。はい、形骸化しているといっても過言ではありません。

男性を去勢する社会システムを 強く女性(の、一部かどうかはどうでもいい)が求めたが故に男性は持っていて当たり前の牙を失ってしまった…または今後後天的に牙を失うことになるでしょう。

その際「輝く女性」に代表されるスローガンを振りかざして男性の領域を侵食した方達と、その同性は、無力(無気力ではありません、無力です)な男性に有象無象の制裁を加えず、受容する義務を負うであろうことを認識してください。

近い将来、刑事ドラマやそれに近似の(ある程度暴力や犯罪を匂わせる)映像作品の中で「【おとこ】こどもの命だけは助けてくれ!/解放してやってくれ!」という台詞が当たり前のように使われ、レッド、ブルー、ブラック、グリーンが女性、ピンクが男性で編成される戦隊ヒーローが当たり前に子供社会に息づき、おもちゃ売り場を賑わす時代が来るのではないかと本気で心配しています。

…女性専用車両(を利用している女性客)に向けられるのは、労い・憐れみ・羨望のまなざしではなく、侮蔑の視線だということも知っておいていただきたい。都合のいいときだけ弱者の仮面を被り、権利・安全・地位が保障されれば聞くに堪えない声色とおぞましいボキャブラリーを惜しげも無く駆使してキーキー騒いでいる牝猿の要求など受容できますか?
少なくとも件の映像の中で発言していたバカ娘達が痴漢被害に遭う構図など、逆立ちしても想像できませんよ。

【ダメ押しです】
2018(平成30)年2月17日14時27分頃、電車内で「ヤスリを取り出し」「ネイルを磨く」「若い女性の乗客」と隣り合いました。
粉状になった「爪(のカス)」が当該女性の膝の上に置いてあったスマートフォンの画面を真っ白にしていましたし、本人には気づけなかったものの、現実として空中に舞っていた「爪の粉」が太陽の光に照らされてキラキラと輝いていました。
注意しようか/苦情を言おうかとも思いましたが 顔をおぼえられて「後日痴漢冤罪のカモにされてはかなわない」との懸念を抱いたため 黙ってしまいました。

私の発想、言動が多くの男性に共通したスタンダードだとはいいません。
けれども「云うべきかもしれないという意識とパッケージで即時に(報復を恐れて)躊躇する」という「思い癖」の発露・萌芽が認められるではないですか?

オリンピックから凱旋したカーリング女子に注目が集まるのを嫌悪している市井の女性がいるようですね・
やりたい放題、喚きたい放題を止められない風潮が確立したから、気の向くままに「自分たちよりも注目を浴びる女性」にまで牙をむく。
男性諸兄の牙を折るに飽き足らず、今度は共食いまで始めてしまうのですね。

げに女性というのは醜い性(せい)ですね。

合掌

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37年前の赤い糸【3-3】

~ もう、忘れていたみたいだから、いいよ… ~

彼女の誕生日は、冬休み期間にあった。
だからといってそれが理由に出来るわけではない。私は彼女の誕生日にプレゼントを届けられなかった。
プレゼントのタイミングを遅らせる/遅らせざるを得ない理由はいくらでもつけられた。
まだまだ子供だったのだから。行動は家族(親)に随分制約されていた。
中学校1年生の冬休みである。今はどうなのか知る由もないが、当時はそれなりのボリュームの宿題があった。また年賀状を書き、年末年始の「家族行事」に家族帯同で行動することも必須。だから理由と云えば理由になったが 理由にならないといえば「そんなの、理由にならなかった」。私自身、そう思っている。

私は冬休みが明けた3学期の初日に誕生日のプレゼントをした。これで“負債の消し込み”はできた、と思った。

けれども 翌朝学校の靴箱に入っていた手紙を見て、自分の至らなさを思い知らされた。

「もう忘れていたみたいだから」

釈明すればよかったのかもしれない。
謝罪すればよかったのかもしれない。



精いっぱいの虚勢を張るのなら
「ボーイフレンド/ガールフレンドの関係から、仲の良い同級生に戻った」
ということになるのだろう。

大人となった今、甘美な記憶をひも解くにつけ、そう思うが当時はそんな気持ちを抱けなかった。ほかにも学友との付き合いがあり、好奇心の対象も、学校から課される課題も山積だった。
そして3学期は終わってクラス替え。

2人の絆は風化し、霧消した。

あれから37年。
私が知り合った友人・知人の誕生日や記念日を忘れず、祝辞を送ったり話題に出す遠因は“彼女”を傷つけた、寂しい思いをさせたことに対する贖罪の意識にある。

そして 毎年とは言わないものの 夏が来ると ~近隣の商業施設でマネキンが水着や浴衣を纏い始める時期がやってくると~ 私の心は地獄の業火に焼かれることになる。プール遊びをして、お弁当を独り占めさせてもらったあの夏を思い出して。

体調を幾重にも壊し、気付かぬうちに人並より速いペースで死期を迎えようとしているのかもしれない、いまの私。

就寝していると、浅い眠りの中で見る夢の中に 昔の友人・知人・学友・恩師…多くの人々が現れる。
その中で最も忘れ難く、またもっとも穢したくない“こよなく懐かしい人”が彼女であることに疑問の余地はない。

逢いたいと考えたときもあった。とある事情で、2000年の春ごろにその思いは強くなった(が、その事情については本稿では割愛する)。

同時にあれこれ自問自答した。

中学2年のときの私は彼女を求めたのか?
高校受験のとき、彼女を励ましたのか?また、励まされたのか?
高校1年生の夏休み前、下校の電車内で再会した時に手を掴み、引き寄せ、抱擁したのか?
大学生活で学友とトラブルを起こしたとき、彼女に癒しを求めたのか?
社会に出てから 婚姻に発展しそうな、或いは発展させたくなるような異性に出会った時、それを躊躇させるほどに彼女の存在は重く鎮座していたのか?

人生の節目節目で 

「彼女はいなかった/意識の中になかった」

なぜ、これほどまでに彼女の記憶に執着するのかもなんとなくわかっている。しかしその気持ちに忠実に「今、行動すれ」ば、間違いなく地獄が開門する。



この2週間、著しく体調を崩し、あれこれ考え込む中で
「彼女は私という名の歴史の教科書の1ページに息づく歴史上の人物のようなもの」。
そう結論付け、自分自身に言い聞かせることで、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「久しぶりに子供時代に大切にしていたおもちゃ箱を開けてみたら、お気に入りの玩具に再会し、当時の心境に戻って戯れているのと同じ感覚なのではないのか」と、少々辛辣に自らを戒めてはいる。

けれども

「もう思い出すことはない」とは言えない。吹っ切れたとも言えない。
毎年とは明言しないものの、私の卓越した記憶力は私自身をこれからも苦しめるに違いないが、その苦しみを受け続けることが贖罪の一部だと思うようにしている。

いつか 美しい and/or 可愛らしい記憶のポートレイトとして フォトフレームの中で掛け値なく輝いてくれる想い出に昇華してくれるときが来ることを願いながら、気持ちの整理を続けていきたいと思う。

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37年前の赤い糸【2-3】

~ I like you. きみが好きです ~

私は中学校1年生 ~誕生日を迎える前だったので12歳~ の時に初恋をした。
幼稚園児が無邪気に「〇〇ちゃん、好き」と口にする次元ではなく手を繋いだり抱擁、キス、性的交歓の対象として意識した相手であり片想いではなく初めての(年齢相応の)お付き合いをしたガールフレンド、との営みを指して“初恋”と云わせて頂いた。

発端は1980年の夏。1学期の後半だった。
2年次&3年次の担任となる国語科教諭、(イニシャル)E.S先生が産休を取られたために 我々のクラスの国語授業を受け請ってくれたY.A先生。 1学期後半からの受け持ちであり、2学期にはE.S先生が戻ってくることが確定しており、夏休みに有志で「さよならイベント」をすることになった。
男女各々3名で、生活圏にあるレジャープールに遊びに行ったのだが、そこで私は初めてのガールフレンドとなるN.Sさんと、複数の意味で「あつい」時を過ごしてしまった。
女子生徒3名は思い思いにお弁当を作ってきていた。記憶が定かではないが男子3名はお弁当を用意していなかった。おそらく事前に“そういう取り決め”がなされていたのだろう。37年も前の話なので、記憶の一部が欠落しているのはご容赦いただきたい。
普通に考えれば「女子生徒3名が作ってきたお弁当を、当たり障りなく皆で分け合って」食べるのが作法だったのだろうが、私は無意識に“彼女”が作ってきたお弁当(おにぎり)だけを1人で(厳密には“彼女”と2人で)食べてしまった。
自分はそれほど深く意識はしていなかったが、あの時代から“同年齢であれば女性の方が大人/おませ”と相場が決まっている。残る2人の女子生徒(或いは残る2人の男子生徒)から「この二人、怪しい」と目をつけられたとしてもやむを得ないことだった。

今となっては可愛いものだが“彼女”はまだ12歳、中学校1年生の夏を迎えた少女としては発育がよろしく、性的な知識に疎かった私にとっても「ドキリ」とする容姿だった。
第二次性徴を迎える前の幼い“男の子”から脱却できてはいなかったものの、水と戯れる水着姿の彼女を見て、心も身体も熱くなっていくのを禁じ得なかった。
イベントが終了し、Y.A先生を電車の中で見送り、私と“彼女”、その他4名は最寄駅で降りたった。
意識したわけではなかったが、そのまま帰宅することはせずに駅と直結していた商業施設内で「マンガの立ち読み」。今のようにコミック(単行本)にビニル包装やシュリンク処理がなされていなかった時代。ふたりで「銀河鉄道999」を立ち読みした。
夏休みに具体的な動きはなかったものの、2学期の学校行事であるハイキングでは「グループ分け」を無視して2人で行動した。当時の中学生の間ではトレンドになっていたゲータレードなるスポーツドリンクの水筒を回し飲み ~周囲からは「間接キスだ」と囃し立てられた~ をしてしまった。
お互いに文化部(所属は開示しない)所属だった我々。
二人きりでの下校。野球部やサッカー部の学友の目にはバレバレで、よく囃し立てられ、からかわれた。
けれども当初の2人は、自分の感情に素直に行動していたと思う。
二学期の後半に当たる時期に、奇しくも2人の誕生日があった。さらに…幸か不幸か私の誕生日の方が「先にやってきた」。
2人で下校する道すがら、“彼女”から「誕生日のプレゼント、なにがいい?」的な質問を受けたと思う。
当時私はまだまだ子供だった。「鉄人28号(1980年10月3日スタートのアニメ作品)の〇〇が欲しい」的なことを言ってしまい、“彼女”を困らせてしまったみたいだ。

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なにはともあれ、私は誕生日にバースデーカードや文具などをプレゼントされた。

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狭い…当時高校生だった姉と共用していた“勉強部屋”での幼い交歓。
互いに「体育座り」をして、コミック本を読んで他愛のない会話をしただけだった。
勿論、その日を迎える以前から、気持ちは火照っていた私は、プレゼントへの答礼を兼ねた手紙の中で 13歳を迎えた少年(児童?)としては精いっぱいの告白をした。

バースデーカードに書き込まれていた“I LiKE YOU !”のメッセージに応えるように…
「キミが好きです / I like you.」

答えはYesだった。

当時は想いが届いたことに嬉しい戸惑いを抱いたことを憶えている。

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