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「残酷な天使のテーゼ」を重用する風潮に思うこと

先日テレビ朝日にて「アニメソング総選挙」なる企画があり、第1位に「残酷な天使のテーゼ(以下「残酷な天使のテーゼ」または「残テ」と云います)」が君臨したことで、巷のエヴァファンが狂喜乱舞したそうですね。

ライバルと目された「鬼滅の刃(未見)の主題歌」を制しての1位君臨ということで「ざまぁみろ(意訳)」という蔑みの言葉をネット内で発信したエヴァファンもいたとのことで「ああ、相変わらずなんだな」と嘆息した次第です。

私はそういう「品のない人たち」が心酔している「残テ」の立ち位置に、大変な危うさというか…40年と半年に亙ってアニメファンを続けてきた人間として、冷笑したくなるような不安定さを感じています。

先に結論だけ書いておきます。
「残テ」は
アニメを知らない/興味をさして抱いていない人たちとの共通言語になり得る、逆説的に捉えればアニメフリークにとっては将来に向けて忌むべき歌曲となり得ることを懸念しなくてはならない存在である、と。
この歌曲が1位になったということは アニメにさしたる重きを置いていない ~知ったかぶりエヴァファンが愛用している「俄か」な~ ユーザーの影響が大きかったことが懸念されている、とね。

最近でこそ「アニメファン」「ヲタク」はクールジャパンの代名詞のように扱われていますが、私が小学生・中学生だった頃にはその扱いは想像し難いほどに・思い出したくないほどに劣悪でした。
コンテンツとしてもなかなか認められないし
それを愛好している人間が(主に体育会系の)学友から迫害されるなんて云うことは当たり前だったのです。

往々にしてアニメファンというのは ~自分で言うのもなんですが~ 肉体派というよりは座学派。
要するに
「抜群かどうかはさておき お勉強(国語・算数・数学・理科・社会・英語)が好きand/or得意な人間」が多かったんです。

ですから小賢しい理屈を繰り出して 自分たちが愛好しているコンテンツ、そしてコンテンツを愛好している自分自身の立場を少しでも良く見せようと必死でしたし、そういう術に長けていたんですよ。

当時、迫害者に対して苦し紛れに使った言葉は
「愛・感動・ロマン」という 松本零士アニメが濫用したフレーズと、
思春期特有の思考パターンの発露でもある
「今度の作品は これまでとは違う(素晴らしい)」
「お前達には分かるまい(従来の「テレビまんが」とは違うんだ、難解なんだ ~つまり「俄だ」に近似~ )」
というアピール
ですよ。

宇宙戦艦ヤマトで多用された「ワープ」という言葉。
本来辿らねばならない行程をスキップして「遠方(主として宇宙の彼方)」に短時間で移動できるテクニックだと云うことで広く浸透していますね?
厳密には設定が異なっているのかも知れませんが、類似の言葉は結構あったんですよ。
ワープ、振動ドライブ、デスドライブ、ワームホール航法、亜空間ドライブ、フォールドなどね(笑
ロボットを「バリアブルマシン」「モビルスーツ」「コンバットアーマー」「アーマードトルーパー」「ラウンドバーにアン」「オーラバトラー」なんて 舌を噛みそうな呼称で云うようになったのも「お前達には分かるまい」メンタリティが幾ばくかは関与しているでしょう。

「アニソン」に視線を向けてみましょうか?
話を進めやすくするために敬称は略します。西城秀樹さんを「さんづけ」しないのは心苦しいのですが 今回はご容赦いただきます。

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(上は私の宝物(の、一つ)である 西城秀樹さんのサインです。「サンタマリアの祈り」のEPレコード購入時に頂きました)

佐々木功、水木一郎、堀江美都子、大杉久美子、かおりくみこ、子門真人などが鉄板のアニソン歌手として その昔は名を連ねていましたし、今でも彼らをリスペクトする風潮は健在です。また その歌声は(ほぼ)変わらずに健在ですので、いまだに彼らを慕うフリークは多い。

私も彼らの唄う力強いアニソン(叩け!進め!飛べ!守れ!倒せ!なアニソン)や、バラッド調のアニソンは大好きです。 他方、彼らの唄う作品群は「テレビまんがの派生」としても捉えられる懸念があり、それはアニメフリークに対する嘲笑をも誘引しかねないリスクを併せ持っている。

そんなときに

一般的(?)な歌手が 不本意か否かはさておきアニソンに足を踏み入れて来ました。
沢田研二、岩崎宏美などが「旬な時代」に唄っている。これは西城秀樹が「ちびまる子ちゃん」のEDを唄った、というのとはインパクトが違うんです。
そして云う/云ったわけですよ。
「レコード大賞をとった誰某が/紅白出場経験のある誰某が(オーソドックスなアニソンでは無く)アニメ作品のテーマ曲を唄った、どんなもんだい」
と(笑

ところが それでも受容しない人は受容しないんです。


そういう忸怩たる思いに苛まれたまま時代が進み、TMネットワークが「シティーハンター」で「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」な主題曲を発信する。
今となっては「内容のない、うすっぺらな歌曲」だと唾棄したくもなりますが、当時はある種の救世主のような存在でもあった。

さて こういう「非レジェンドチックなアニソン歌手」の登場で、アニメファンの立場は改善されたでしょうか?非アニソン愛好派の見方は変わったでしょうか?

とんでもない

カラオケで「GET WILD」「Still love her」なんか唄ったって
「なぁに?その歌」と一蹴される時代があったんです。具体的には1989年~1995年頃まで、それが顕著だったと思います。
その時代 ~「TMネットワーク」がツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカな歌を発信していたその時期~ にカラオケで重宝がられていたアニソンは

「ガッチャマンの歌」


です。


ええ
「だれだ!だれだ!だれだぁぁ…」

っていうアレです。
TMネットワークの「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」な歌の方がイカしている、格好いい、今のアニソンはこうなんだぜぇ…と訴えたくても大衆にとってのアニソンと耳にして脊椎反射的にチョイスされる歌曲は「ガッチャマンの歌」だったんですよ。

2020年9月6日の夕刻からのテレビ番組で「残酷な天使のテーゼ」を推した/受容した方達のメンタリティは
TMネットワークが「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」と「シティーハンター」の「格好いい」歌曲を世に放ち、アニメフリークが熱病に冒されたかのようにそれに飛びつき、必死に周囲にアピールしているときに
「ええ?アニソンと云えば「ガッチャマンの歌」だろ?「シティーハンター(←アニメの)」なんて見てないよ」とアニメファンを蔑んでいた「大衆」メンタリティに近似であることが懸念されるということです。

実は私もカラオケで「残酷な天使のテーゼ」を唄いますよ(笑
不本意ですけれどもね。
「八重さん、アニメが分かるんだ(←もう いい「オッサン」ですからね。若い女性社員から こう言われます)じゃあ これ唄いましょうよ!」
ということで 勝手に予約エントリーされてしまった歌を、場が盛り上がっているので渋々唄うんです(ちゃんと唄えますよ。シンジの顔を見たり、緒方恵美の声を脳内再生するのはイヤですけれどもね)。

その昔「アニメが分かるなら」ということで 勝手に同僚や先輩、年長者にリモコンを介して予約登録された歌は
「ガッチャマンの歌」「タッチ」「ラムのラブソング」「宇宙戦艦ヤマト」です。
今、その立場に「残テ」がいると云うことです。
アニメをよく知らない、一見(いちげん)未満の大衆がかつての「ガッチャマンの歌」のように「残テ」を推しているんです。
その結果をありがたがり、受容し、ライバル視されたアニソン/アニメ作品/その愛好者を嘲笑している という精神状態・風潮が嘆かわしい、ということで今回起稿しました。

残テを憎んでいるのでは無い
必死にエヴァの良さを探そうとして 探し出せずに居る(これでも6,000円くらいしたアスカのフィギュア、持っているんです。携帯ストラップもハンカチも持っています)。バルマー戦役で、私は龍虎王を駆り アスカと一緒にボスキャラに挑みましたよ(笑

でも 間違いなく並み居る数のアニソンがあるにもかかわらず「今のトップ」にしてはいけない/するべきではない/してはまずい歌曲だった。
なぜなら 残テは アニメをさして愛しても居ない大衆の手垢にまみれ「とりあえずビール」と近似な立ち位置で遇されているのだから 。

アニメファンだと知られ、その細分類の結果が「ラブライバー」だった。そして愛唱曲が「Snow halation」や「夢で夜空を照らしたい」であるにもかかわらず、勝手にエントリーされる曲が「残テ」。そんな記憶を刻んだ非エヴァフリーク系アニメファンが将来的に「残テ」をどう遇するのか。
かつて私が「ガッチャマンの歌」に抱いたのと酷似した感情を以て遇する時代が、やがてやってくるでしょうね…

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