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2020年10月

「山万ユーカリが丘線」初乗車

生活圏にあるユーカリが丘(の、駅)。

我が家の公園墓地の最寄空きがあるのでユーカリが丘駅は馴染みの場所ではあるのですが、そこで以前から気になっていたのが「ユーカリが丘線」の「モノレール」。

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あまりにも運行区間が短い&利用の理由がなかったので 今まで乗車したことがありませんでした。

諸事情あってユーカリが丘の商業区域(笑)に足を運ぶ機会があったので 今回は乗ってみました。

私は身体障害者なので、運賃は小人料金です。
乗車時間は僅か1分30秒でしたが 話題のためということで(^_^;)

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「魁!!男塾」連載開始35周年だそうですね

連載開始当時、高校3年生でした。
ジャンプ黄金期の恩恵をもろに受けてはいたのですが、大学受験が気になって(古くさい言葉ですが「受検ノイローゼ」気味でした)、折角購入したジャンプでも熱心に読んでいたのは「北斗の拳」や「ウイングマン」位で すべてを読まずに破棄していたと記憶しています。

少し気持ちにゆとりが持てた頃から男塾に目を通すようになりました。具体的には大学への推薦合格が決まった1985年11月以降でしょうか。

性格柄、気になり出せば最初から読みたくなるし、コミックを買うお小遣いも 大学生になれば やや潤沢。

強く男塾にハマリ始めたのは「驚邏大四凶殺」の終盤辺りだったんじゃないかと記憶しています。
それからは他の漫画をそっちのけで男塾にドハマリしていきましたが、これがまずかった。

大威震八連制覇のあたりから、読んでいる私も「なりきりっこ」になってしまい&信者みたいになってしまい(笑)民明書房の蘊蓄のみならず、出てくる闘術、武器、逸話、すべてリアルだと思って友達と話していました。
因みに私の推しメンは今も昔も影慶です。


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(影慶が毒手を初披露した頃が、大学1年生の後期試験の時期でした)

これとは別のライン(原因)での友人との軋轢も発生。
大学生ですからね、同世代の同性と角突き合いをするのは「よくあること」「元気があってよろしい」出来事だったのでしょう。

けれども漫画のようにうまくはいかない。

「雨降って地固まる」とはならず、友人との仲がこじれて気鬱に過ごす時間が増えてしまった。

時は1988年1月。大学2年生の定期試験の頃に、親友だと思っていた友人との軋轢が激化してしまい、そのまま3年生に。

前後してアニメの「男塾」がスタート。

貪るように視聴していました。
教官の名前が違う!
男根寮はどうした!
なぜ田沢の名前が違うんだ!

ツッコミながらも視聴を続け、購読を続け…友人関係にアジャストできなかった私はそれでも「欠席はすまい」と講義に出席を続けました(4年間で自主休講は4コマ、計3時間です)。

そんなアンバランスな生活が祟って心身を壊してしまい、それから(なんと)4年生になるまで、気鬱な根暗な若者のまま、大学生活を謳歌できずに生活していました(やや言い過ぎ)。

実はこの時期
週刊少年ジャンプの「男塾キャラクター人気投票」に投票して「男塾塾生バッヂ」を貰ったり
バンダイのガチャガチャの懸賞に応募して「男塾塾生手帳」プレゼントに当選したりしていました。
そういう小さな「ラッキー」はあるにはあったのですが、体調も友人関係も悪くなる一方…考えがたいですが大学のゼミの先生が友人との仲を取り持つような事態にまで発展しました(が、修復出来ませんでした)。

以後、私の人生には「懸賞の当たり年には心身が傷つく」というジンクスが生まれてしまいました。

衰弱しきった私を見かねたのでしょうかね、母がなにか…憶えていないのですが 普段の勝ち気な/厳しい母からは想像できない「甘やかし属性」の提案をしてきました。

今風に意訳すると「Go To好きなことをしなさい/好きな物を買いなさい」だったのでしょう。

ふらふらになりながらもアルバイトはしていたので 少しだけ自由度の高いお金がありました。

それで、近隣のイトーヨーカドーで買い求めたのがこちら。


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バンダイ(の、LSIゲーム)ポケットクラブ「魁!! 男塾 怒濤の男魂」(^_^;)
保証書が残っていました。購入したのは昭和63年9月15日です。昭和63年というのは1988年。つまり32年前です。

既にファミコンの時代でしたから、こういうゲームは「だっさださ」だったのかも知れないですね。

お値段が高かったのはおぼえています。

けれども三号生、特に影慶推しだった私には、とても魅力的な玩具に感じられました。


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机に向かって背中を丸めて かちかちボタンを押して遊んでいる私を母や、他界した父がどんな思いで見ていたのか知るよしもありませんが ええ、思い出深い品物です。

因みに
ゲームボーイソフトも
ファミコンソフトも
持っています(笑

でも 格闘ゲームは得手ではないので 影慶が登場するようなステージまでは進むことが出来ずにうやむやですね。

男塾の(でたらめの)語彙や いかれた根性論で友人との仲がこじれましたが
そのおかげで様々な男塾グッズに触れる機会を得られたのですからよしとしましょうか。


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何年か経てば、また別バージョンのボックスがリリースされるんでしょうね

こういう切り口で「ボトムズネタ」に触れることになる日が来るとは思ってもいませんでした…は言い過ぎで、多少の懸念は抱いていました。

装甲騎兵ボトムズに対する思い入れは人一倍あります(私がトップだとか、唯一無二、随一、と云っているわけではありません)。

高校1年(1983年)で郷田ほづみさんにファンレターを贈り、サインを頂き、ギルガメス文字をマスターし、プラモデルを作り、ダイキャストモデルを購入し、サントラ&The MUSIC of VOTOMS をそろえた。
ビデオデッキがない時代にリリースされたビデオソフトを購入するほどの財力もなく 忸怩たる思いで「ザ・ラストレッドショルダー」の試写会に臨み、大画面に映写された「回るターレット」を観て感激のあまり失禁しかけた。

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レッドショルダーのドッグタグが欲しくて(当時を以てもまだ)ビデオデッキがないのに「ビッグバトル」のビデオソフト購入。

「野望のルーツ」試写会に参加し、高橋良輔監督に「質問」するも回答を保留され、22年後の「ボトムズナイト」で再度質問して漸く回答を得る。

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1991年には「どんな商品が欲しいですか」というWAVE-PXのアンケートに「アーマーマグナム」と回答。まさかと思いましたが「実現」させてしまいました。

話が前後しますが郷田ほづみさんとは2008年12月21日に阿佐ヶ谷で「25年越しの初対面」を果たす。

さらに話が前後しますがLD-BOX(テレビシリーズ&OVA(当時分))も購入したし、(22周年の時の)DVD-BOXも購入しました。

赫奕たる異端、孤影再び、幻影篇、ペールゼン・ファイルズ…すべて購入・視聴しました(メロウリンクはレンタルです。認めないわけではないのですが キリコの出ないボトムズに食指は動きませんでした)。



ただ、時間が経つにつれて、見方、というのは変わってくるものですよ(自分でも意外なのですが)。

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巷間云われているほどにボトムズは「リアル」なのか。
ええ、ATはリアルな作りに見えますね。いまだにそう感じていますし サントラの特典ポスターの画像を見るだに、当時の「ときめき」は思い出せます…し、限りなく当時と同じ心境に戻れます。

他方、設定はどうだったのでしょうか。
私の好きな男性アニメキャラの常に先頭を走っているキリコ・キュービィですが、彼のどこに惹かれたのかと云えば「名もなくありふれた 組織の最底辺を這いつくばり、組織に捨てられた男が徒手空拳に近い状態で危難を切り抜け、唯一の特技であるATの操縦を以て外敵を排除し、謎を追う」姿にあったのだと思っています。多くのフリークがそうであるように、私も「クメン編」ではまりました。
実際にはウド編最終話「脱出」に登場した「雪のように振ってくる情報部のスコープドッグの群れ」に心を奪われたんですけれどもね。

ところが…まぁ あくまでもリアルに見えても究極の所はリアルではない。テレビシリーズの終盤&時系列的にテレビシリーズよりもあとの物語になると 都合が悪くなれば古代クエントのテクノロジーが発動して「赤子の声」と「蒼白い光」に守られて瞬間移動してしまう。

徒手空拳(実際にはアーマーマグナムやATを使っていますが)で巨大な権力・組織に立ち向かっていたはずのキリコが 実は生存・回復を永久保証されている亜超人だと判明してしまう。

ヒーローに憧れている、という側面では安心して観ることが出来る反面
組織に抗って戦う(もと)兵士を応援したい、という側面ではすこぶるつまらない、応援のしがいのないキャラクターの側面を帯びてしまった。

時系列はさておき、制作された時代が新しくなるにつれて「リアル」でない側面が強調されてしまう主人公。

時代は流れ
シャア・アズナブルと云えば「3倍」「赤い」
エヴァンゲリオンと云えば「逃げちゃ駄目だ」「サービスサービス」「笑えばいいと…」
と同じ立ち位置には
「むせる」「コーヒーは苦い」が鎮座している。

アイコンとしては便利かも知れませんが、それでボトムズを過不足なく語り合えるのでしょうか。

そういうアイコンでない何かを探して、一(いち)最低野郎としての巡礼をするのだろうなと、漠然と自覚はしています。

今般「BD-BOX」がリリースされるとの報に触れ、「やっちまったな、バンダイ」と 反射的に嘆息しました。
別に買えないわけではない(幸い自由になるお金はそれくらいならあります)。
けれども「今までが今まで」です。数年経てば 別バージョン、具体的には大河原先生の別のイラストがスリーブを飾り、別バージョンの模型がオマケにつくような商品が現れるでしょう。BDが廃れて別の映像記録媒体が幅を利かせるようになれば「それ」も出るでしょう。

まるで「血を吐きながら続ける 悲しいマラソン」の様相です。

バンダイやマックスファクトリーがそろそろ新手の模型を発信する準備にも取りかかっているのでしょうね。


かつて亜久竜夫(タイガーマスク二世の主人公)がこう言っていました「素晴らしい女性と、愛する女性は違うと思うんだ」。

なんのこっちゃ、と当時は困惑していましたが じわりじわりと感じ取れるようになってきました。

「装甲騎兵ボトムズ」は「愛すべき作品」ではあるのですが「素晴らしい作品」ではないのかも知れません。

それはテレビ作品で終わらせておけば「まぁ、こんな終わり方もありだよな」だったものを蒸し返し、主人公のプロットすら変えてしまったことに象徴されているでしょう。

「銀河漂流バイファム」の挿入歌(最終回のED)に「君はス・テ・キ」という歌曲があります。
「大人の古い おとぎ話は 色あせた アルバムのようなもの あのときの トキメキを 確かに思い出せるけど 今はもう感じることは出来ない」

当時も今も 記憶力抜群と自覚しています。「そんなことあるかい!いつでも感じることは出来るさ!」そう明言していた私の主張を揺るがしているのが、こともあろうに最も愛したアニメ作品の存在であると云うことに 寂しさを感じています。

若い頃に抱いたトキメキは 年老いてきた私自身(と、云う名のキリコ)によって破壊されていくのかも知れない…

 

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佐倉市立美術館訪問

新型コロナウイルスの感染拡大を懸念し、世間では外出を控えるのが当たり前な風潮になっていますね。

以前にも言及しましたが、私は今年の2月15日以降、娯楽目的の外出を一切していませんでした。

2月の「プリキュア感謝祭」への参戦も断念。
東京駅地下一番街 キャラクターストリートにある「プリキュアプリティストア」「ウルトラマンワールドM78」訪問も見合わせ。
そこまで徹底した理由の一つは、母の存在でした。4月に父が他界し、心身ともに弱り始めている母の姿を見るだに、私の軽率な行動を遠因としてコロナ乃至あまり歓迎したくない疾病に罹患させてしまうのはしのびない、また私自身 コロナにかかりたくもなかったので ずっと外出を控えていました。

とはいえ職場で若手社員と食事をするだに、節度を守った外出を愉しんでいるようで、少々羨ましくも感じた次第。

そしてとうとう昨日(2020年10月3日)、外出に踏み切りました。

とはいえ誰に会うでもなし。行き先は佐倉市立美術館でした。

実は昨年12月にも「小林ドンゲ展」で訪問しました。昨年3月から身体障害者となってしまった私ですが、僅かなメリットは こういった美術館・博物館の入場料が優遇されている点。すべての美術館・博物館がそうではないのでしょうが、佐倉市立美術館の場合 入場料は無料でした。

今回は特に「入館してなにかを観たい」という意識はありませんでした。

主目的は

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花寺のどか/キュアグレース とのお出かけにありました。

このキャラ撮りスティックですが、SNS映え(?)させるためのグッズで 私が入手したのは3種類目になります。折角入手したのに私自身の入院、父の他界、コロナ問題、熱中症問題と「外出を控えなければならない」事象が続いてしまい ほぼ半年の期間を空けての「お出かけデビュー」となりました。

今年のプリキュアは キャラクターもストーリーも音楽も秀逸ですが 外部環境に道を阻まれ かつての王道を進みづらくなっているようです。

順当に展開するならあと四ヶ月ですが、ムリにスキップすることなく、丁寧に昇華し、フィナーレまで頑張って欲しいと思います。

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「残酷な天使のテーゼ」を重用する風潮に思うこと

先日テレビ朝日にて「アニメソング総選挙」なる企画があり、第1位に「残酷な天使のテーゼ(以下「残酷な天使のテーゼ」または「残テ」と云います)」が君臨したことで、巷のエヴァファンが狂喜乱舞したそうですね。

ライバルと目された「鬼滅の刃(未見)の主題歌」を制しての1位君臨ということで「ざまぁみろ(意訳)」という蔑みの言葉をネット内で発信したエヴァファンもいたとのことで「ああ、相変わらずなんだな」と嘆息した次第です。

私はそういう「品のない人たち」が心酔している「残テ」の立ち位置に、大変な危うさというか…40年と半年に亙ってアニメファンを続けてきた人間として、冷笑したくなるような不安定さを感じています。

先に結論だけ書いておきます。
「残テ」は
アニメを知らない/興味をさして抱いていない人たちとの共通言語になり得る、逆説的に捉えればアニメフリークにとっては将来に向けて忌むべき歌曲となり得ることを懸念しなくてはならない存在である、と。
この歌曲が1位になったということは アニメにさしたる重きを置いていない ~知ったかぶりエヴァファンが愛用している「俄か」な~ ユーザーの影響が大きかったことが懸念されている、とね。

最近でこそ「アニメファン」「ヲタク」はクールジャパンの代名詞のように扱われていますが、私が小学生・中学生だった頃にはその扱いは想像し難いほどに・思い出したくないほどに劣悪でした。
コンテンツとしてもなかなか認められないし
それを愛好している人間が(主に体育会系の)学友から迫害されるなんて云うことは当たり前だったのです。

往々にしてアニメファンというのは ~自分で言うのもなんですが~ 肉体派というよりは座学派。
要するに
「抜群かどうかはさておき お勉強(国語・算数・数学・理科・社会・英語)が好きand/or得意な人間」が多かったんです。

ですから小賢しい理屈を繰り出して 自分たちが愛好しているコンテンツ、そしてコンテンツを愛好している自分自身の立場を少しでも良く見せようと必死でしたし、そういう術に長けていたんですよ。

当時、迫害者に対して苦し紛れに使った言葉は
「愛・感動・ロマン」という 松本零士アニメが濫用したフレーズと、
思春期特有の思考パターンの発露でもある
「今度の作品は これまでとは違う(素晴らしい)」
「お前達には分かるまい(従来の「テレビまんが」とは違うんだ、難解なんだ ~つまり「俄だ」に近似~ )」
というアピール
ですよ。

宇宙戦艦ヤマトで多用された「ワープ」という言葉。
本来辿らねばならない行程をスキップして「遠方(主として宇宙の彼方)」に短時間で移動できるテクニックだと云うことで広く浸透していますね?
厳密には設定が異なっているのかも知れませんが、類似の言葉は結構あったんですよ。
ワープ、振動ドライブ、デスドライブ、ワームホール航法、亜空間ドライブ、フォールドなどね(笑
ロボットを「バリアブルマシン」「モビルスーツ」「コンバットアーマー」「アーマードトルーパー」「ラウンドバーにアン」「オーラバトラー」なんて 舌を噛みそうな呼称で云うようになったのも「お前達には分かるまい」メンタリティが幾ばくかは関与しているでしょう。

「アニソン」に視線を向けてみましょうか?
話を進めやすくするために敬称は略します。西城秀樹さんを「さんづけ」しないのは心苦しいのですが 今回はご容赦いただきます。

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(上は私の宝物(の、一つ)である 西城秀樹さんのサインです。「サンタマリアの祈り」のEPレコード購入時に頂きました)

佐々木功、水木一郎、堀江美都子、大杉久美子、かおりくみこ、子門真人などが鉄板のアニソン歌手として その昔は名を連ねていましたし、今でも彼らをリスペクトする風潮は健在です。また その歌声は(ほぼ)変わらずに健在ですので、いまだに彼らを慕うフリークは多い。

私も彼らの唄う力強いアニソン(叩け!進め!飛べ!守れ!倒せ!なアニソン)や、バラッド調のアニソンは大好きです。 他方、彼らの唄う作品群は「テレビまんがの派生」としても捉えられる懸念があり、それはアニメフリークに対する嘲笑をも誘引しかねないリスクを併せ持っている。

そんなときに

一般的(?)な歌手が 不本意か否かはさておきアニソンに足を踏み入れて来ました。
沢田研二、岩崎宏美などが「旬な時代」に唄っている。これは西城秀樹が「ちびまる子ちゃん」のEDを唄った、というのとはインパクトが違うんです。
そして云う/云ったわけですよ。
「レコード大賞をとった誰某が/紅白出場経験のある誰某が(オーソドックスなアニソンでは無く)アニメ作品のテーマ曲を唄った、どんなもんだい」
と(笑

ところが それでも受容しない人は受容しないんです。


そういう忸怩たる思いに苛まれたまま時代が進み、TMネットワークが「シティーハンター」で「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」な主題曲を発信する。
今となっては「内容のない、うすっぺらな歌曲」だと唾棄したくもなりますが、当時はある種の救世主のような存在でもあった。

さて こういう「非レジェンドチックなアニソン歌手」の登場で、アニメファンの立場は改善されたでしょうか?非アニソン愛好派の見方は変わったでしょうか?

とんでもない

カラオケで「GET WILD」「Still love her」なんか唄ったって
「なぁに?その歌」と一蹴される時代があったんです。具体的には1989年~1995年頃まで、それが顕著だったと思います。
その時代 ~「TMネットワーク」がツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカな歌を発信していたその時期~ にカラオケで重宝がられていたアニソンは

「ガッチャマンの歌」


です。


ええ
「だれだ!だれだ!だれだぁぁ…」

っていうアレです。
TMネットワークの「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」な歌の方がイカしている、格好いい、今のアニソンはこうなんだぜぇ…と訴えたくても大衆にとってのアニソンと耳にして脊椎反射的にチョイスされる歌曲は「ガッチャマンの歌」だったんですよ。

2020年9月6日の夕刻からのテレビ番組で「残酷な天使のテーゼ」を推した/受容した方達のメンタリティは
TMネットワークが「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」と「シティーハンター」の「格好いい」歌曲を世に放ち、アニメフリークが熱病に冒されたかのようにそれに飛びつき、必死に周囲にアピールしているときに
「ええ?アニソンと云えば「ガッチャマンの歌」だろ?「シティーハンター(←アニメの)」なんて見てないよ」とアニメファンを蔑んでいた「大衆」メンタリティに近似であることが懸念されるということです。

実は私もカラオケで「残酷な天使のテーゼ」を唄いますよ(笑
不本意ですけれどもね。
「八重さん、アニメが分かるんだ(←もう いい「オッサン」ですからね。若い女性社員から こう言われます)じゃあ これ唄いましょうよ!」
ということで 勝手に予約エントリーされてしまった歌を、場が盛り上がっているので渋々唄うんです(ちゃんと唄えますよ。シンジの顔を見たり、緒方恵美の声を脳内再生するのはイヤですけれどもね)。

その昔「アニメが分かるなら」ということで 勝手に同僚や先輩、年長者にリモコンを介して予約登録された歌は
「ガッチャマンの歌」「タッチ」「ラムのラブソング」「宇宙戦艦ヤマト」です。
今、その立場に「残テ」がいると云うことです。
アニメをよく知らない、一見(いちげん)未満の大衆がかつての「ガッチャマンの歌」のように「残テ」を推しているんです。
その結果をありがたがり、受容し、ライバル視されたアニソン/アニメ作品/その愛好者を嘲笑している という精神状態・風潮が嘆かわしい、ということで今回起稿しました。

残テを憎んでいるのでは無い
必死にエヴァの良さを探そうとして 探し出せずに居る(これでも6,000円くらいしたアスカのフィギュア、持っているんです。携帯ストラップもハンカチも持っています)。バルマー戦役で、私は龍虎王を駆り アスカと一緒にボスキャラに挑みましたよ(笑

でも 間違いなく並み居る数のアニソンがあるにもかかわらず「今のトップ」にしてはいけない/するべきではない/してはまずい歌曲だった。
なぜなら 残テは アニメをさして愛しても居ない大衆の手垢にまみれ「とりあえずビール」と近似な立ち位置で遇されているのだから 。

アニメファンだと知られ、その細分類の結果が「ラブライバー」だった。そして愛唱曲が「Snow halation」や「夢で夜空を照らしたい」であるにもかかわらず、勝手にエントリーされる曲が「残テ」。そんな記憶を刻んだ非エヴァフリーク系アニメファンが将来的に「残テ」をどう遇するのか。
かつて私が「ガッチャマンの歌」に抱いたのと酷似した感情を以て遇する時代が、やがてやってくるでしょうね…

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