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2016年12月

皆さまよいお年を

「ひびきの高校連絡帳」をスタートしてから8年目のシーズンに入っています。

当初は「装甲騎兵ボトムズ」ヨイショだけのつもりでしたが、始めて半年ほどで八重花桜梨さんとの婚姻が認定されたために八重さんとの妄想ブログの色合い強くなっていた時期が相当期間あります。

勿論「八重花桜梨さんのお婿さん」というステイタスは大切にしますが、今後は幅広く、所感・雑感を披歴していきたいと思います。

ではでは、よいお年をお迎えください<(_ _)>

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キャリー・フィッシャーご逝去

年末に訃報が飛び込んできましたね。

STAR WARSでレイア・オーガナを演じたキャリー・フィッシャー女史が亡くなりました。
私にとってSTAR WARSは6作で終わり。
理由はジョージ・ルーカスが“そう(嘘を)言っていたから”。
私が小学生の時に呼んだ「スターログ(日本版)」には間違いなく「9部作」との記載があったのに、ジョージ・ルーカス本人が「そんなことは云っていない」というのだから「ああ、そうですか」で終わり。

「特別篇」だのなんだのと、御託を並べて「クラシック」作品を自らレイプしてしまったジョージ・ルーカスの遺産につき合うのは6作までだと思って日々を過ごしてきました。

とはいえ、演者にはさして罪はないですからね。

お若くして後の大作となる作品のヒロインを演じられ、その後波乱万丈の人生を歩まれ…心ならずも心身が疲弊されていたのかもしれませんね。
サー・アレック・ギネス氏やケニー・ベイカー氏と睦まじくお過ごしください。

合掌


映画「スター・ウォーズ」シリーズのレイア姫役で知られる米女優のキャリー・フィッシャーさんが27日朝、ロサンゼルス市内の病院で息を引き取った。60歳だった。


 ニューヨーク・ポスト紙電子版などによると、フィッシャーさんの娘ビリー・ロアードさんの広報が声明を発表。


 「ビリー・ロアードが非常に深い悲しみとともに、愛する母キャリー・フィッシャーが今朝8時55分に亡くなったことを認めます。世界中に愛されていた彼女は、この上なく惜しまれるでしょう。家族全員が、皆さんの同情と祈りに感謝しています」とコメントしたという。


 フィッシャーさんは最近、出版した回顧録「The Princess Diarist」のPRなどで英国を訪問。23日にロンドンからロサンゼルスへと向かう飛行機の中で、着陸15分前に心臓発作を起こし、機内で心肺蘇生法が施されたが、意識不明の状態だったと報じられている。空港に到着後、ただちにUCLAメディカルセンターに運ばれたという。


 一部では危篤状態とも報じられる中、フィッシャーさんの弟トッド・フィッシャーさんが23日、米情報番組「エンターテインメント・トゥナイト」のインタビューで、フィッシャーさんが集中治療室に収容されていることを明かした上で、「容体については、私たちも今は何もわからない。最善を祈るだけです」とコメントしていた。


 フィッシャーさんはつい最近、回顧録の中で、「スター・ウォーズ」シリーズで共演していたハリソン・フォード(74)と過去に不倫していたことを告白し、話題を呼んだばかりだった。


 ポスト紙電子版などによると、フィッシャーさんは母親で女優のデビー・レイノルズ、娘のビリーさん、弟のトッドさんらにみとられ、息を引き取ったという。

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キミはス・テ・キ

声優の高橋美紀さんについて 久しぶりに語りたくなりました。
これが一つの区切りになるよう願いながら起稿します。

過去にも美紀さんについて言及した記事がありました。備忘も兼ねてリンクしておきますね。

これ

これ
です。

高橋美紀さんを知ったのは「聖戦士ダンバイン」の準レギュラーキャラクター「シーラ・ラパーナ」の“中の人”に対して興味を抱いたことがきっかけです。
ときは高校1年生の秋。
そして、高校2年生の夏に初めて「お目にかかりました」。
お目にかかったというのは、イベントのサイン会で音楽ディスクを購入し、サイン色紙を頂き「どうもありがとう」「がんばってください」なテンプレートの会話をするという、ありきたりの営業用のコミュニケーションに浴した、という意味ではありません。

もう少しだけ内容の濃い会話を交わすことができた、ということです。

私の大学受験勉強も知っているし、受験に臨む直前、直後の状況も知っていてくれました(過去形)。

私は高橋美紀さんのファンクラブに籍を置いており、諸事情あって 相対的に一般のファンの方よりも「お目にかかり、言葉を交わす」機会が多かったという“だけ”です。

大人になった今となっては“言葉を交わす機会が多かっただけ”と言い聞かせることができますが、思春期真っ只中の高校時代&大学時代、おめでたい勘違いをしていたことは否めません。

しかしながらそれも ファンに丁寧に接することを矜持としている美紀さんの術中にはまったが故と考えれば、別に腹も立たない。
一応「そういう分別がつく」大人の端くれに放っているのですから。

私が大学1年生だった昭和61年9月23日、私を含む 一部ファンに対して美紀さんの結婚&引退が“先行して”発信されました。

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勿論、女性タレントを愛する男子ファンとして、当然の情緒反応を示しました。
今でいう“ロス”の程度も激しく、引退後暫くの期間…具体的には2年生次の大学生活は 惨憺たるものだったような気がしています。
その後、同窓会の名目で美紀さんと盃を酌み交わしたり、電話でお話する機会もありました。
結婚・引退後の再デビュー、その後のご活躍についても耳目に触れる機会を有していますが、今までイベントでの再会をした事はありませんし、今後もイベント会場に足を運ぶことは困難でしょう。

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巡礼が難航したとき
命に係わる病を疑われたとき
私は「広く平等に与えられた通信手段」を以て“当時の状況”を発信し続けました。
多くを望んだわけではない。
ただ 高校時代にそうしてくれたようなリアクションを心の片隅で望んでいたことは否定しない。

全ては昔話の再来を望んだ自分の浅はかさ、図々しさの発露だったのだろうと 自らを戒めて 今日(こんにち)に至っています。

初めての恋の相手同様、美紀さんとの記憶も“リボンをかけて封印”する時期に(とっくに)至っていたのでしょう。
別の道を歩んでいる者同士 いつかあのころと同じ笑顔を交わる瞬間が来るかもしれぬと考えつつも まずは今を大切にするために しずかに…ry

私の好きな歌の一つに「キミはス・テ・キ」という曲があります。
「銀河漂流バイファム」の挿入歌でしたが、初めてこの曲を教えてもらったのは高校時代の学友からでした。
時期的には高校2年生の夏休み。
「アニソン、アニメサントラばかり聞いている自分」に少し危機感を抱いてしまい、ぽつりとその旨彼に話した際に貸してくれたオーディオテープの一曲目に収録されていました。

うがった見方をすればこれも「アニソン」だったのに(笑) 学友も一足飛びに「脱アニソン」を進めず、ソフトランディングを試みてくれたのかもしれません。
この曲の冒頭
「大人の古いおとぎ話は 
色あせたアルバムのようなもの 
あのときのときめきを 
確かに思い出せるけど 
今はもう感じることはできない」


皮肉なことに、高橋美紀さんとの記憶、走り続けてきた時間を想起するだに、正鵠を得た歌詞の組み立てに感嘆し、ときとして名状しがたい寂寥感に包まれてしまいます。

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ポプラ通りの家

毎年この季節になると、胸が苦しく、また苦々しい感覚に襲われます。

理由は…自らの至らなさが招いた「初めての恋の終わり」を思い出すから。

「初恋」と表現しなかった理由ですが、得てして初恋は「片想い」と混同されがちな単語、という印象が払拭できないからです。
私の初めての恋は中学校1年生のときの出来事として、ソフトフォーカスの向こうで 未だに淡い輝きを放っています。

体育の教科担任(♂)をして「いい女」といわせしめた少女。
12歳にして“おんな”の色香を醸し出す容姿の持ち主…だったようです。

しかしながら当時はまだ“こども”だった私は、クラス公認のボーイフレンド、ガールフレンドの関係を構築したにも関わらず、乙女心を理解することも感じることもせず…否、避けてしまい、周囲に対する照れもあって“大切な季節”が凍りついていくことを阻止できなかった。

中学校2年生のクラス替え、中学卒業&高校進学、その後 人並みに生きていれば自然と訪れたであろう別離ではあるでしょう。

でも、私の場合は照れと感性の未熟さから、図らずも別離の引き金を自ら弾いていた。

長い時間…36年の歳月を要しましたが、漸く吹っ切れたようです。

もう互いが心身両面and/orいずれかで重なり、交わることもない記憶の1ページ。

吹っ切れたからといって、私にはもう“飛躍”する翼はないけれども…忘れがたい、でも当時のように“感じる”ことができない記憶として、心の奥にリボンをかけてしまい込むことにしました。
ポプラ通りの家」。アニメ「キャプテン フューチャー」のED曲でした。記憶のかなたにある淡い恋模様を回想する男の心情を見事に歌い上げていると思います。甘美なメロディと共に、過度に美化されてしまった記憶に封印を…します。
欲でした

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意外と紳士のニシキヘビ~タイガーマスクW ♯2「虎とライオン」~

タイガーマスクWの第二話になります。

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GWM(グローバル・レスリング・モノポリー)の日本興行に乱入したタイガーマスク(東ナオト)への謝罪要求など、一応企業人としての見識も持っていそうなミスX。

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東タイガーへの刺客として日本に招聘されたのはブラックパイソン。いや、驚きましたというべきか、もう「掴み」はおっさんホイホイを狙っているのかな、と困惑しましたね。
初代パイソンは裏切り者、直人兄さんを処刑すべく虎の穴が送り込んできた最初の刺客でした。いかにもいかにもな覆面レスラー然とした意匠でしたが、今回のパイソンはヘビのチャームをモヒカン状にデコレーションしているキャッチの名手。

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私がやや面食らったのは「タイガーマスク、私と戦え」の一言。

一人称が「俺」ではなくて「私」。今回の虎の穴の選手は一応社会常識と云うか、幾ばくかの知性を持っているのかと 少々姿勢を正しての視聴に臨むことにしました。

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まだまだ懐疑的に視聴している段階の「W」。虎の穴の虎口にケン高岡の姪が単身乗り込むという図式は、どうしても納得いかないですね。虎の穴の恐ろしさを高岡が知らぬはずはないのに…

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ミスXと高岡春奈の「興行主導権争い」に割って入ってきたのが実在のレスラー、新日本プロレスの永田裕志氏。
私がリアルでプロレスに夢中になっていた時期にはまだ若手さんでしたけれども 現在ではそれなりの役職にいらっしゃるんでしょうかね。

新日本の興行でのシングルマッチをマッチメイクをされたものの、それに先立つ前哨戦においてタッグマッチで対峙することになったタイガーマスク&ブラックパイソン。タッグパートナーはそれぞれ若松龍とタイガー・ザ・ダーク。

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試合内容はさておき、結局は東タイガーに返り討ちになってしまったブラックパイソン。
東タイガーのレスリングスキルがそのほどに卓越しているのかについては疑問が残るところですが、高岡拳太郎の施しを受けているのであれば、虎の穴属性のレスラーに抗する力を有しているとしても不思議ではないかもしれませんね。

【今回の女性キャラ】
一人目は前回に続いてミスX。
虎の穴のエージェントとして藤井タクマ扮するタイガー・ザ・ダーク以下、若手のレスラーのお目付け役のようにふるまっていますね。サディスティックな立居振舞が目立ちますし、手放しに好感が抱けるキャラクターでもない。洋画に出てくる女優さんと云う印象が強いです。とはいえ…
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このようなシーンを拝見できるのなら、少々の粗野なふるまいは看過する方が得策かもしれないですね(^_^;)

そして二人目

高岡春奈さんにしましょうか?

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“本家”タイガーマスクに於いて、高岡拳太郎の妹として登場していた高岡洋子ちゃんの娘、ということですよね?
年頃の少女ですから活発なのはわかるのですが、洋子ちゃんの娘ということに違和感ありありです。そもそもなぜ伯父さんである拳太郎のところで寝起きしているのか。お母さんの洋子さんは息災なのか… そういう“本家ファン”に対する気配りが 本稿起稿時点では少々欠けているような気がしますね。

【今回の嫌なキャラ】
前回東タイガーに伸されてしまったオーディン氏(笑)

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第一話のリングサイドで傍若無人に振舞っていましたが東タイガーに敗れて“お仕置き”ですか(笑)
ご愁傷様です(チーン♪)

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虎の記憶(その1)

心身ともに疲れています。
昨年6月以降「次の朝日を拝めるのか」という恐怖や重々しい宿命を感じる瞬間が増えてきました。
一度でも「死の病」を疑われると こうなってしまうのか…単にそれが私の資質なのかは分かりかねますが…
別に心療内科のお世話になるような状況ではないので一応普通に生きているつもりではあります。

とは申せ「なにか書かなくては」と思いつつ、なかなか重たい心身を鼓舞するのも大変。
折角なので良くも悪くも注目しているアニメーション作品「タイガーマスクW」への寄稿を始めたことを端緒にして、旧作…否、本家「タイガーマスク」に絡んだ実体験を少しずつ紡いでいきましょうか…

私は昭和55(1980)年2月頃にアニメージュと云うアニメ情報誌を手にして 初めて「アニメーション」「アニメ」という言葉を意識しました。
私の世代のアニメの入り口と云うと「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」というのがノーマルかと思いますが、私にとっての入り口になってくれたのは「タイガーマスク」でした。

賢明な諸氏であればお気づきでしょう。

「タイガーマスクの放送時期は昭和55年ではないだろう!?」

ところが、私が初めて手にした「アニメージュ」には、小松原一男氏の特集が組まれていて、氏が作画監督を担当していた「タイガーマスク」の最終回にかなりのページが割かれていたのです。
私はなけなしの小遣いをはたいて購入しました。それが「アニメ」「アニメーション」との出会いにつながったわけです。

さてさて、本家「タイガーマスク」の放送時期は種々の資料をひも解くと昭和44(1969)年10月2日~昭和46(1971)年9月30日。放送開始当時、私は1歳。そして放送終了時は3歳だったことになります。

リアルタイム…幼稚園に入園する前は、自営をしていた父の運転する車に同乗して「仕事」につき合っていました。子連れ狼のようなものですね。毎日ではありませんでしたが、少なくない頻度、父の車の助手席に座って仕事につきあっていました。
そして帰宅し、縁側から居間に「あがる」とテレビ画面ではタイガーマスクが戦っているシーンに出くわした、という実体験が何度かありました。

勿論、巷間言われているような「孤児院の子どもたちとの交流を介しつつ、命を狙ってくる虎の穴のレスラーたちの戦いに挑む、悲しくも心打つ物語」だとの理解は全くありませんでしたしプロレスと云う競技?興行?についても理解できるわけがないような年頃でした。

とにかく鮮明な記憶の第一は 父との「仕事」から帰宅すると「タイガーマスク」を放送していたこと
初めて購入してもらったレコードは「タイガーマスク」の主題歌であったこと
3歳の誕生日を迎えた直後、手術を受けざるを得ないような「変調」の為入院していた病室に、父が中嶋製作所の「タイガーマスク」ソフトビニル人形を(買って)届けてくれたこと
…こんな感じです。

しかしながら このような幼少期の体験が影響しているのでしょう、私は生涯を通じて(49歳の現在に至るまで)「好きな動物」の筆頭に「虎」をあげています。

幼少期の記憶の中で覚えていたのが 主題歌の間奏部分に現れる「ミスターX」の青紫色の顏、そして劇中に「タイガーマスクの偽物」が登場した、ということ(中学生になって判明したのは 乳幼児期に覚えた“タイガーマスクの偽物”の正体は虎の穴の支配者の一人、ビッグタイガーだったということ)です。

実はその後「強烈にタイガーマスクが好き」という意識は薄らいでいたものの、折に触れ動物としての「虎」、アニメ作品としての「タイガーマスク」に対する思いや記憶は断続的に私の心に見え隠れしていたわけです。

そしてタイガーへの関心を強く再燃させる出来事が起きたのは 昭和55(1980)年1月のことでした。

当時私は卒業を控えた小学校6年生。
同級生のU君が新聞の切り抜きを持ってきました。
「タイガーマスク ドラマ編」なる音楽ソフト(LPレコード&カセットテープ)が発売されるという広告でした。
すこぶる購買意欲をそそられたのですが 当時のお小遣い(1,000円/月)では到底手の出る代物ではありませんでした。

結果、リリースの日から約1か月半の時間…根気強く母を拝み倒して「カセット」を買ってもらいました。
タイガーマスクの主人公、伊達直人を演じていたのが「宇宙戦艦ヤマト」の古代進、「ザ☆ウルトラマン」のヒカリ超一郎を演じていた富山敬さんだと知ったのも、そのときでした。
カセットは拙宅に現存していますが、まともに再生できるのかは未知数です。
そのかわり最終回を収録してあるDVD-BOXを成人以降に購入しているため さほど不自由は感じていません。

何度も何度も聞き返し、伊達直人と虎の穴の闘いが単なる「正義のヒーローと悪の組織の戦い」とは一線を画す性格のものだとおぼろげにわかるようになってきました。

今回の資料画像の一つ目は…
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カセット「タイガーマスクドラマ篇」のジャケット(?)です。
中の解説書もケースの容量の関係で少なめですが、何度も何度も テープが(おそらく)伸びるまで聞いていたと思います。

実は今でも 最終回のストーリーはレコード同様に脳内再生&口述できます。

そんなタイガーに対する興味は猛烈に強くなってしまい ほどなくして私はあるものを探し求めることになるのでした。その件については次回以降、言及します。

資料画像の二つ目…

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タイガーマスクとBI砲(ジャイアント馬場選手、アントニオ猪木選手)のスリーショットフィギュアです。
これは「古い(お宝)アイテム」という程ではないのかもしれませんが、それでも入手してから十数年を経ています。アニメ・特撮系のお宝グッズに対しては批判的な私の母ですが、これと

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プリキュアフィギュアについてはなぜか賞賛の声をあげています(^_^;)

今回はこの辺で…

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