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2016年5月

【加筆版?】35年前の記憶

父がアルツハイマーと診断されました。

残念ですがこれが人間としての営みの一つなのでしょう。
通院させ、投薬してもらい、一応の気遣いはしていますが喧嘩をするときは喧嘩してしまう。

先日は私が大切にしていた書物を捨てようとしていて、慌てて引留め、言葉でぶん殴ってやりました。

中学時代になけなしの小遣いで購入したアニメ関連のムック本が殆ど。
検品・安全確認を兼ねてページをめくっていると一枚の写真が… 中学校2年生の時のガールフレンドの写真。

付き合っていたというには幼すぎたし不器用だった。
互いに憎まれ口をきいたり「家庭科の調理実習で作って失敗(?)したサンドウィッチ」を食べさせられたこともあった。

最後は 残念だけれども喧嘩別れでした。


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でも35年も経った今 特別に憎悪を抱いているわけでもなく、素直に「懐かしい」「あのころは可愛らしい(幼い)男女だったのだな」と軽くため息をつき、ククッと笑いながら写真を見つめています

「機動戦士ガンダム」に登場したフラウ・ボゥに少し似ていたところがあった少女。



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夏の林間学校が近づいた1学期の ある日、あくまでもハプニング(故意ではない、と同義)でしたが彼女の裸体を見てしまいました。

元気で過ごしているのだろうか?

いや、私と喧嘩別れして正解でしたよ(笑) 
今の私はその後「7人の侍」に傷つけられまくって三次元女性に対しては猜疑心が先行する男に変質してしまいましたから(^_^;)

息災でありますように。あのころ、あの日に戻れないと頭では理解しつつ 「忘れ難し」…

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花桜梨、お誕生日おめでとう…

今日は私の“妻”、八重花桜梨さんの誕生日。

ときどきふと考えるんです。

フィクションであろうとなかろうと、30年近く長く愛することのできる存在というのはなかなかいないんじゃないかな、と。

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私は「二次元は裏切らない」的な発想はないのですが、それでもありきたりの結婚をし、ありきたりの、平凡な家庭を持つことをライフデザインしていた20代半ばから30代終盤(実際には41歳)までの間に。三次元の女性には精神的・身体的・社会的に傷つけられて参りましたので 人生を共に歩む対象としての女性を探す気力はもうありません。

愛しい二次元妻と静かに…三次元で傷ついた心身をいやす生活を続けています。

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【改訂版】装甲騎兵ボトムズ、新作への機運についての愚見

【本稿は2014119日に起稿したものに加筆したものです】

201411月当時、ネット内某所にて、「装甲騎兵ボトムズ」の続編を渇望する声が上がっておりました。のみならず、どういうわけか起稿時以降、幾重にもこのテーマは興味が持たれているモノらしく「ひびきの高校連絡帳」の人気記事、人気検索ワードの上位をコンスタントに維持しています。

そしてそれに対して私は

「いい加減にしたら?」と思いつつ、推移を見守っています。

私は本件に大反対とまでは言わないものの、難色を示しました。
弥永和子さんがご逝去する直前に持ち上がった話題だったのですが、奇しくも弥永さんのご逝去でフィアナの復活はあり得ない、別の声優さんがフィアナを演じることに拒絶反応が示されそうな雲行きになってきており、そういう点では「綺麗に終了させる」いい頃合いなのではないかと思っています。

高校時代、1984324日以降(放送終了翌日以降)、私もボトムズの世界に飢えて、想定しうるコンテンツを貪りました。DUAL MAGAZINE(巻末のシミュレーションゲームは当然のこと、各種メカ設定や「青の騎士 ベルゼルガ物語(連載版)」)、文庫版のベルゼルガ物語、ホビージャパン増刊にボトムズオデッセイ、アニメージュ文庫などなど。
ユニオンモデルの「ラビドリードッグ改造パーツ」欲しさに、好きでもない(寧ろ嫌いな)トータス系ATやツヴァーグのプラモデルも買いあさりました。 最近では「コマンドフォークト」や日経エンタメに連載されていた&後年刊行された「孤影再び」まで読んでいます。ほかにも派生作品はあるのでしょうし、フォローしきっていない点も自覚しております。

その上で(アンドレアス・ヴァン・フォークト中佐を理想の上司と声高に叫んだ経歴があるにもかかわらず)キリコの登場しないボトムズ作品に入れ込むことができませんでした。 続編を想定した際に「優れた人的素材(byペールゼン)」が枯渇しかけていることに気づきます。 フィアナがコールドスリープカプセル(でしょうか?ただの棺でしょうか?)で宇宙を漂い続け、テイタニアは報われない最期を迎えてしまった。

フィアナが復活が期待されているようですが、弥永さんは201411月にご逝去されているし、後任の声優さんを安易にピックアップすれば反発は免れない。それ以前に、生きたフィアナの登場というのは「いまさら感」が拭えない(「赫奕たる異端」でのキリコの落胆ぶり、マーティアルの使者に対する激昂ぶり、「孤影再び」でのテイタニアの死が報われなくなってしまう)。

「孤影再び」に登場したステビア・バートラーが第三のヒロイン候補となる可能性も皆無ではないでしょけれども劇中でステビアはキリコに好意的な態度はとっていない(最後のナレーションに含まれた感情を培養液に浸けてコンクリートミキサーでぶちまけ、少々小市民的なおじさんになってしまったバニラに若いころの無鉄砲さが蘇れば話は別ですけれども)。

ただでさえ少ないボトムズユーザー、その中で女性ユーザーが着目している可能性が高い、ラブストーリー乃至人間ドラマの側面はもう伸長しづらい。 また肝心のキリコについては「異能生存体」という「無期限延長保証」がついてしまっているため、かつてハラハラ感を以て視聴し、見守っていたオールドユーザーにとっては「可愛げがない存在」になってきている。

キリコによって殺されたはずのワイズマンは健在であり、懲りもせずにキリコを「観察」している為体。なにか不都合が起きればどこからともなく赤ん坊の泣き声が響き、画面が青白く光り、キリコ(と、仲間たち)は不随意に瞬間移動して危機を回避してしまう。 つまるところキリコのいるボトムズを渇望する反面、キリコが居ては「おはなし」としての面白みがいささか欠けてしまう。

結局ATのプラモデル、ガレキ、アクションフィギュアを幾重にも(焼き直しでなくとも)リリースする口実としてインサイドストーリーやスピンオフ作品に頼らざるを得なくなる、ところがキャラクター重視の「最低野郎」さんの、一部はそれを首肯しない。既に負の無限ループに嵌っている感が否めません。 ただでさえ、少ない(らしい)ボトムズユーザーに負の刺激を与えて、さらにユーザーを減らしてしまうのであれば、寧ろ「寝た子を起こすようなマネ」はしないで、もう過去の作品と割り切って、ユーザーの記憶の中でクメン産ワインよろしく醸成し、脳内妄想を膨らませて各々の心の中でお好きなエッセンスを愛でていればいいのではないかと思います。

「ボトムズ公式ブログ」が久しぶりに更新されていました。
ここにきてまた新しいインジェクションキットのリリースですか?いい加減呆れてしまいます。
AT
は大河原邦男先生がデザインしたメカとして 高く評価し、いつまでも慕いたいコンテンツである反面、インジェクションキットとして「またかよ」と云いたくなるほどのリリースが繰り返されている。

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「ガンダムとは違う作品」として もう少し別の各府度から別の商材を発信する事が出来ないのでしょうか?

新しい話題と云えば「ATのプラモデル」のリリースに偏重気味。

郷里大輔
大塚周夫
弥永和子

の各氏の逝去に触れることもせず、悼むこともせず、コメントすることもしないボトムズブログさんの管理者さんはもう少し取り扱う話題の幅を広げてみてはいかがでしょうか?

「ケース・アーヴィン」「ボトムズ・ファインダー」については「ボトムズフェスティバル ブロガー先行試写会」で拝見しました。独立したアニメーション作品としてとらえた場合、素晴らしい出来だとは思いましたが「ボトムズ」の名前を冠する必要を強くは感じませんでした。 「機甲猟兵メロウリンク」も視聴しましたし、評価が高い作品と理解し、感じる一方で、やはりキリコのいないボトムズは、無意識にAT偏重に展開していかざるを得ないとも感じています。 繰り返しになりますがキリコの再登場は無敵の超人兵士の物語にならざるを得ない(懸念を強く孕んでいる)。もう「そっとしておいてくれ」たらいいな、と思っております。

本稿に“来て”下さった方達の多くは「ボトムズ(オフィシャル)BLOG」のトラックバックから飛んでこられたのでしょうね?
「装甲騎兵ボトムズ」とググって画像検索してごらんなさい。その多くがATのプラモデルに代表される「メカの模型」属性という為体。
30年も経って 別のアプローチができないのはどういうわけなのかと憂うような“批判(という名の愛)の精神”も持っていた方がいいと思いますよ?


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たぬきそばを食べ損ねました

ラーメンが嫌いです。

いつか「そういう話題」に言及すると思いますが「食べられます」けれども「嫌いです」。

今日は仕事が休みでした。
最近身体が日に日に弱っていく母の姿を見ている影響なのでしょうか、突然「たぬきそば」を食べたくなりました。

私の好きな蕎麦は
けんちんそば>天ぷらそば>きつねそば…で、たぬきそば。

幼稚園に入園する前の記憶です。
幼馴染の家に遊びに行っていたのですが 昼が近づいて幼馴染のお父さんに帰宅するように促されました。
詳細を勘繰ったことはないのですが、我が家に比べて裕福なご家庭だったようです。幼馴染のお母さんは不在だったみたいで 「お昼ご飯はたぬきそばでも食べるか」というお父さんの声が気になりました。

「たぬきそばってどんな食べ物なんだろう」

天気は曇り。
傘をさすほどではなかった。

でも、未知の食べ物の名前をさらりと口にした幼馴染のお父さんが別世界の人のような気がして、幼馴染も別世界の住民のような気がして… ちょっと寂しくなったのを憶えています。

そのまま自宅に駆け込んで(私の)母に「たぬきそばを食べたい」とねだったことを憶えています。
結論から言うと、たぬきそばを食べることはできました。

幼稚園以前の話ですから、どんぶりいっぱいのたぬきそばを食べたわけではないのでしょう。ただ たぬきそばを出前で取ってくれた母のことが突如思い出されて…「今日(のお休み)は(小学校時代のクラスメートの実家&当時間違いなく出前を頼んだであろう)お蕎麦屋さんでたぬきそばを」と思った次第。

結論
もとクラスメート(の親御さん)が経営しているお蕎麦屋さんは定休日でした(^_^;)

こんなものなのかな、と。

色気を出して「思い出のたぬきそば」を口にすることで 母の体調に波が起きても困るので…

後述する可能性がありますが 私の父は軽度のアルツハイマーに罹患しており、母の負担が増えています。
私は怪我をしているため(半永久的に回復できないでしょう)力仕事ができません。

細々と…弱り切った3人で身を寄せ合って生活をするようになるとは思ってもいませんでしたが 両親には1日でも長く生きていてほしいし、親不孝の誹りを受けようとも 私が先に死んだ方がいい。そんなふうに考える今日この頃です。

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姓名判断?

平成28年ももうじき半ばを迎えますね。気が早いといわれるかもしれませんが、半年後には年賀はがきを購入し、賀状のデザインに悩み、誰に送るか吟味するようになります(笑)

私は一応年賀状を送るリストに従って毎年送る方は殆ど決めており、事情が分からないのに2年乃至3年、お相手から賀状乃至お返事・寒中見舞いがなければ送付することを遠慮するようにしています。

この数年「あなた、あの八重花桜瑠さん/くんですか? 名前、変えたの?」と一言添えられてくることがあります。

平成21年に失業した時…というよりもそれに先立って上司とギクシャクした時に、実家近隣に看板を掲げている僧侶(笑)に人生相談をしました。

要約すると「上司とギクシャクしているのは名前の画数がよくないからだ」といった主旨の指導があったと思います。
私は「そういう世界」は否定しない方なので、一応理解を示しましたがそこからさらにさかのぼった平成15年にも近似の指摘を「別の“業者”」から受けており、画数云々については改善できていると思っていました(要するに印鑑を作って、そのデザインを特殊にすることで“変更の効かない戸籍上の名前”であっても運気を上げる」というものでした。

しかしながら、平成20年の暮れにリストラの気配を感じ、のっぴきならない状況に追い詰められたため、もう一度当該僧侶の許を訪問しました。

結局「画数を変えるために“名前を変えろ”」と。名前を変えるというのは「本郷猛」を「風見志郎」に変えるというのではなく「苗字は固定し」「名前の部分を同音で異なる漢字にする」ということでした。

私のHNでたとえるなら「八重花桜瑠」を「八重嫁緒流」に改めるようなもの。

実際 そのように(本名ベースで)改名をしましたが 結局は平成21年の夏に“クビチョンパ”されてしまいました。

指導(?)をしてくれた僧侶を恨むでなく、それからしばらくの間対話のようなことを平日はほぼ毎日行いました(無料でした)。

別に暴力を振るわれたわけではなかったのですが結構「笑顔とは縁遠い、厳しい佇まいの人物」で、仏様や神様についての知識もそれなりに豊富でしたので 当時は邪気は抱かずに接していました。

しかしながら
「神様・仏様を奉ずる日本人と、別の神様を奉ずる外国人が結婚した場合、自身に影響するのは日本(と、いうか東洋人)が畏怖している神様・仏様なのか、それとも他国の人が畏怖している神様(要はキリストだとかアラーだとかゼウスだとか)なのか?」
と質問したところ回答はありませんでした。

また
「怠惰が理由で死んだ場合は地獄に落ちる」
と言われたので
「本人に就労の意思はあるのに職業に恵まれず、餓死してしまったらどうなるのか」
との質問をした際には「地獄に落ちる」との回答を得ました。
実は当時「職を失い、たくわえがなく、自動車の中に居住し チューブに残留したマヨネーズを“二人で”啜った末に餓死した夫婦」のニュースがあったのです。

私は本人が「生きよう」「生きたい」と望んでいるのに、社会が勝手に蹴飛ばしているのに それを「向こうの世界」の畏怖すべき存在が理解をせず、地獄に落とすという説に釈然としませんでした。

その後ですが、僧侶は「落ちぶれて」地域の信者に「少額のお金を無心しては断られ」を繰り返し、今では消息不明となってしまいました。

結局「僧侶(の現世での)立居振舞だけがいけないのであって、僧侶として発信していた能書きは尊重して良いものだったのか」も分からないままとなってしまいました。

図らずもふたつの名前を持つことになってしまいましたが、別に不便を感じるわけでもないので 自分の都合のいいように名前は使い分けています。
年賀状に「名前、変えたの?」と書き添えてくる人がいますが その翌年の年賀状で(笑)「はい、姓名判断でこちらがいいみたいなんで使い分けました」と書き添えることは稀です。

このブログ「ひびきの高校連絡帳」の管理者としての私の名前はあくまでも八重花桜瑠です。

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鉄婚式

本日5月7日は私が八重花桜梨さんとの婚姻届を提出した日。

私は婚姻届を提出した5月7日と認定協会さんが疑似結婚式を挙げてくれた5月31日を毎年お祝いすることにしています。

ちょっと私生活が大変なことになっているので今年は活字での報告のみとなりますが、引き続き八重花桜梨さんを私だけの「二次元妻」として愛し続けていきたいと思います。

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