« 謹賀新年 | トップページ | 久しぶりにカラオケ »

年頭雑感

【年賀状につきまして】
今年も 比較的過不足なく年賀状を頂戴しました。
私も送るし、お相手さまも送ってくださる。そういう関係。お相手はかつての職場の方だとか、学生時代の友人、恩師などなど。
でもね
最近の傾向として… あくまでも印刷に終始して、一言も手書きのメッセージがない、という葉書が増えてきました。「お元気ですか?」「ご多幸をお祈り申し上げます」の一言も書いてこない。それもスタイルの一つと言われてしまえばそこまでなんですが、そこまで味気ないならメールのほうが言葉に広がりがあっていいんじゃないかな、なんて天邪鬼なことを考えてしまいます。

【某アニメに関するニュースを見まして】
えと、ボトムズではありませんし、マクロスでもありません。プリキュアでもありません。
が、
これまでに「ひびきの高校連絡帳」に幾度か登場している作品です。平成7年ころからテレビシリーズがスタートして、平成19年に「新劇場版」の第一作目が公開された作品ですね。
四部構成の三部作目がいついつ、完結作品がいついつ、と発表されました。
私は当該作品に登場する、赤い戦闘服のキャラクターが好きです。が、あくまでもそれはビジュアルの問題であり、また かつて「スーパーロボット大戦」シリーズの一つで共闘した経験があるから。
とても魅力的なキャラクターだったので、彼女が登場する当該アニメを理解しようと何回かDVDレンタルをして視聴しました。 その結果、どうしても私のツボを押してくれない、理解の域を超えている、という結論に至らざるを得ませんでした。
だからといって当該作品を軽んじることはないですし、私自身「新劇場版」は劇場で観てもいます。また、携帯電話の着せ替えツールとしても、この作品のキャラクターのモノをいくつかダウンロードしてもいるのですが、どうしても作品からのメッセージがキャッチできないでいます。

そのうえで尚、気になること…

新劇場版のリリースを発表したのが平成18年。当初の予定では一作目平成19年初夏 二作目平成20年陽春 三作目&四作目が同年初夏の公開となっていました。
リスケジュールの繰り返しで現在に至っているのでしょうね。

この間、専門ショップが登場したり、断続的にコーヒー飲料やファーストフードとのコラボ、メカやキャラクターの立体物、その他マーチャンダイズにエネルギーを傾注しているのはよくわかります。

ただ、適度な“引き”を逸脱してしまうとどうなのか、という疑問というか、懸念は残ります。

SFX映画の金字塔として、約30年の歳月をかけて劇場公開された映画がありました。当初は一つの時代を三部作で構成し、三つの時代、つまり九部作で発表する、と大風呂敷を広げていた映画ですが、結局二つの時代、計六作品で完結してしまいました。
二つ目の時代の三作目を発表してから、一つ目の時代の一作目を発表するまでに20年のブランク。その間、「特別編」とか「○○版」と銘打って、劇場公開したりVTRを販売したり。
小学校5年生で「二つ目の時代の一作目」を目にした私も「一つ目の時代の三作目」を目にしたときはすでにアラフォーでした。この間、主役(主人公とは言っていません)の黒ずくめの男のスーツの意匠もマイナーチェンジされ、その都度フィギュアがリメイクされては世間にリリースされていました。
このSFX映画も然り。こうやって本線から逸脱し、話題先行のマイナーチェンジやキャラクターグッズでの利益確保に走りすぎるとコアなファンでもキャッチアップが大変だということを考えてほしいですね。

中にはこよなく当該作品を愛しているのに生き物の証として鬼籍に入る方もいるでしょう、人生のアップダウンの繰り返しで心の潤いを失い、作品への興味を失う人もいるでしょう。

制作する側の大人の事情なのか、公共(ファン)の利益よりも自身の懐具合を優先したが故の証左なのか、知る由もありません。
「○○○(←本稿で採り上げているアニメの略称であるアルファベット三文字)の名前を冠すれば、玉石混交でヒットする」といった送り手の思い上がりが後に凶とでなければいいのですけれどもね。

大衆の心は移ろいやすいものなのだ、ということを、天上界(笑)の人には認識してほしいです。

|

« 謹賀新年 | トップページ | 久しぶりにカラオケ »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

この日記の内容には非常に共感します。
年賀状のメッセージの方も、某アニメの話題も。
 
人と人との繋がりが希薄になりつつある世の中ですし、こういうところで繋がりを大事にしていかないといけないと思います。でないと、すぐに関係が切れてしまいそうですしね。
 
アニメは熱が冷めると一気にどうでもよくなる(というのは言い過ぎかもしれませんが)場合もあるので、ファンの熱が冷めないように、制作側には工夫をしてほしいですね。
 
↑意見として新しいことを言ってなくてすみません(苦笑)

投稿: チキン | 2012年1月 2日 (月) 17時49分

チキンさん

ご賛同ありがとうございます。
印刷のみでメッセージの一言もない相手に限って、ご自分の手元に届いた年賀状にメッセージの一つも入っていないとプンスカ頭から湯気を出してしまう人種が多いんですよね。

某アニメについてはある意味辟易しているところがあります。
「ボトムズ?知らねぇよ」とのたまった多くの知己が当該アニメを愛好していました。
「そんなにすごい作品なのか」と思って幾度か視聴しても、結局心に訴えるものも共感する部分もない。パチンコ、フィギュア、ハンバーガーのおまけに専門ショップ、缶コーヒーの外装など ネット上のニュースでは「あの○○○(←作品の略称であるアルファベット三文字)は△△(←商材の呼称)とコラボ」のようにひっきりなしに煽る。
それに乗れない自分の感性が枯渇してしまったのかと不安を感じる時もありましたが“やはりなにも感じられない”。 感動もしない、教訓としても活かせない、爽快感もない、ボディラインを強調する戦闘服に身を包んだ少女が活躍しても性欲もわかない(失礼)。 ただなんとなく観て、わかったような気持ちにならないと周囲から隔絶されるんじゃないかと思って追随しましたがやはり内容は空虚でした。

実は私は“連邦の白い悪魔”と“赤い彗星”が激突する作品も、マスコミに煽られて見始めたいきさつがあります。あれはあれで衝撃的でした。敵のメカが一回限りの化け物ではなく、ミリタリーテイストを孕んだ量産機という新機軸を打ち出したことが大きな要因であり、物語の終焉に対してもある程度の余韻に浸れましたが 反面、監督(?)の方がときのアニメ雑誌でご披露されていた薀蓄については意味不明で首肯できませんでした。 そんな御託を排除しても、純粋に楽しめる作品だったのが幸いしたのですが、もしも当該監督が「このように観なさい」と押し付けるような言動を繰り返しなさったら、やはり身を入れてかかわることはしなかったでしょう。
作品を世に送り出すのはクリエイターの才能によるところが大ですが、それを受け止めた方たちの感性をとやかくいうようなクリエイターだとしたら それは“余計なお世話”というよりも“思想の誘導”になってしまいます。

「あのアニメが…」の神通力でどれだけお金儲けをしているのかはわかりかねますが その作品に感性がマッチしないユーザーにとっては 登場人物の少女がスケスケのパイロットスーツ身に纏っても 敵(?)である幾何学模様のお化けに凌辱されようと、心を動かすファクターとしては希薄に過ぎるのではないかな、と思います。

投稿: 八重花桜瑠 | 2012年1月 2日 (月) 20時30分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 年頭雑感:

« 謹賀新年 | トップページ | 久しぶりにカラオケ »