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男はひとり道をゆく

私は転校の経験がありません。それが自身のプラスに影響しているか否か、そんな重たい表現はしないものの、転校しなかった故の母校愛と、憎悪を抱いています。

私が通っていた小学校は、「体育教育の研究校」に指定されていたそうです。「そうです」と書いたのは、7年ほど前にその真実を知ったからです。

実は私のメル友に小学校1年生の時の担任がいます。実はこのブログの存在も知らせているので、本件をお読みになって、不快に感じるかもしれませんが、とりあえず書いてしまいます。

「八重くんの学校は『体育教育の指定校』だった」と知らされたのが7年前。何もかも合点が行きました。時間割どおりに授業が進んだのは、低学年の頃だけ。3年生になると、時間割は有名無実と化していました。

ある日の日課です。
朝自習:体育館で跳び箱「閉脚跳び」の練習
1時間目:同上
2時間目:同上
業間体育
3時間目:鶏小屋の前にある鉄棒で逆上がりの練習
4時間目:同上
給食前の昼休み:同上
給食(既に運動のし過ぎで嘔吐反射が起きており、食事できず(「エースをねらえ!」に類似の描写があるのでご参照の程)
給食後の昼休み:鶏小屋の前にある鉄棒で逆上がりの練習
掃除
5時間目:鉄棒の続き
6時間目:同上
放課後:同上

私は座学系の科目は人並みでしたが、体育は大の苦手。
にも関わらず、終日体育という珍妙な日々が始まりました。
3年生の頃の担任はなうてのサディスト教師(老婆)。幾度と無く暴力を振るわれました。

帰宅しても、毎日が「サザエさん症候群」。明確にはおぼえていませんが、「ピコリーノの冒険」、「UFO戦士ダイアポロン」、「ろぼっ子ビートン」など、平日ゴールデンタイムに放送されていたアニメ・特撮のEDを耳にするとブルーになりました。
そして…
パック入りの牛乳をスーパーで買い求める、という時代はもう少し先。明け方になって牛乳配達のバイクが牛乳瓶をカチャカチャ揺らしながら家に近づいてくると、自然と腹痛に襲われていました。
よく、こういった現象を「仮病」と一括して処理する傾向にありますが、実際に生理現象は起きているわけで、そういう十羽一からげみたいな物言いはやめて欲しいものです。
小学校3年生で「仮病」という単語を刷り込んだ担任には感謝も憐憫の情も持ちません。

そういう鬱屈した小学校生活。
インフルエンザに罹ってしまい、小学校3年生の三学期、これ幸いと一週間ほど休んでいたのではないかと思います(後日知ったことですが、出席日数が危なかったらしいです。万一ダブったら…当該老婆教師に4年間受け持たれていた計算になります。怖い怖い(^^ゞ)

管理教育のもとで、ただ一つの科目がこなせないだけで家畜のように扱われた毎日。
偉そうにふんぞり返っている担任をなんとかしたい。

そんな風に考えながら、勉強部屋のおんぼろテレビのスイッチを入れました。
昔懐かしい室内アンテナの、ポータブル型のテレビ。

その時間帯には「忍者キャプター」という特撮番組が放送されていたはずでした。
しかし、番組の雰囲気が違う。

なんだ?この番組は?

こどもの時間なのに、暴力団の喧嘩の番組?

たった一人で悪漢を相手にしているのは…アオレンジャー?

実は…この頃まで まだテレビ番組の登場人物は役者・俳優が演じているもの、ということが理解できないでいました。
だからすっかり「ゴレンジャー」だと思って食い入るようにブラウン管を眺めたのです。

それが既出「快傑ズバット」との出会いでした。

担任同様、偉そうにふんぞり返り、子供に暴力を振るうバカヤロウたちを、バッタバッタとなぎ払う新命明(←アオレンジャーの変身前の名前)。

アオレンジャーと異なるいでたちで暴力団をやっつけるヒーロー。
スカッとしました。
怪人・怪獣ではなく、生身の人間(犯罪者)をやっつけるというフォーマットは、とても新鮮なものでした。

演じる宮内洋さんの「気障さ加減」も加わって、私の特撮ヒーロー、ナンバーワンの座を射止め、現在に至っています。

宮内さんとは1981年から1999年にかけて、断続的に節度ある交流がありました。
ファンを大切にする、まさにヒーローと呼ぶに相応しい方でした。

番組としてのズバットを語る際、その独特なEDに触れざるを得ません。
歌を聴いただけで夕焼け、木枯らしを連想させるのが東映アニメのお家芸でしたが、特撮でも、こういう歌を世に放てるんだ、と感激してしまいました。

それが「男はひとり道をゆく(歌:水木一郎)」です。

誰の力も借りず、ただ一人で白馬に乗り、いずことも知れずに去っていく。現実を知る大人の視点では荒唐無稽と感じて然るべきなのですが、そういった雑音を全く寄せ付けない「凄さ」が、この歌の中にもあったと思います。

今、現実を顧み、外部の方とあまり話す機会が無い環境に浸っていますが、この曲でちょっとばかり元気を貰うのも一興かな、と思います。

快傑ズバットの放送開始は1977年2月2日19時30分でした(↓投稿時刻にご注目)

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コメント

OP曲は飛鳥を殺した犯人への恨み節で、ズバットとして敵のボスを問い詰める早川をあらわしていますが。

EDは復讐劇がなかったら早川の旅はこんな感じだろうなと思って聴いています。

投稿: ヌクヌク | 2010年2月 2日 (火) 22時21分

ヌクヌクさん

最終回の
東条「とうとう、やったな、早川!」
みどり「ええ?」
オサム「ズバットは、早川さんだったの?」
に続くEDは最高でしたね。

現実の世界で「独りでさすらう」ことが どれほど胆力を要するか…フィクションとはいえ、早川さんは偉大でした!

投稿: 八重花桜瑠 | 2010年2月 2日 (火) 22時33分

ズバットはヌクヌクさんのところで拝見して、あまりの強烈さに……いやー宮内さんってこんなんだったのね、私の見ていた宮内さんてほんの一部だったのね、と感動にうちふるえています。

それにしても、指定したところで、むいている子もそうでない子もいたでしょうに……指定するメリットってあるんだろうか。子供って学校から逃げられないだけに、そういう軍隊ぽいのやめてほしいなぁと思います。

投稿: 朱鷺 | 2010年2月 2日 (火) 22時47分

朱鷺さん

人間としては褒められた話ではないですが、社会人になって数年間「あのババァにリベンジしてやる」と息巻いていました。
親から「年齢が年齢だから、もうこの世に居ないかも知れないでしょ」と言われても「ならば閻魔様にレフリーを依頼するよ」ってかっとんで居ました。

小学生に虎の穴?SASUKE?みたいなトレーニングさせて、サーカス芸を覚えさせてどーすんだ、って気持ちはなかなか消えませんでしたよ。

こじつけもいいところですが「そういう先公」の支配下にあったからこそ、ズバット=早川健のありがたさが身にしみるんだと思いますよ…そう思うことにしています。

投稿: 八重花桜瑠 | 2010年2月 2日 (火) 22時57分

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