☆訪問された皆様へ~ご挨拶&自己紹介~☆

『ひびきの高校連絡帳』にお越しいただきましてありがとうございます。
ハンドルネーム「八重花桜瑠(やえ・かおる)」と申します。


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私は昭和58(1983)年4月1日にスタートしたアニメ「装甲騎兵ボトムズ」、及びそれに続くシリーズ作品を四半世紀に亙って変わらず愛好しております。
昨今は主人公「キリコ・キュービィ」を演じられました声優/俳優/音響監督の「郷田ほづみ」氏と邂逅する僥倖に恵まれました。また同氏とコミュニケーションを重ねる中で、神奈川県平塚市を拠点に活躍している「湘南テアトロ☆デラルテ(旧称「湘南アクターズ」)」の皆さんと接する機会に恵まれ、散発的ではありますが 彼らの活動を応援しております。




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(↑写真についての解説はこちらをクリックしてください)


また、コナミ株式会社が世に放った恋愛シミュレーションゲームの金字塔「ときめきメモリアル2」を愛し続け、当該作品に登場した八重花桜梨(やえ・かおり)嬢にあたう限りの愛情を注いでおります(平成22(2010)年5月6日、2次元キャラクター結婚認定協会様によって、私と花桜梨さんの婚姻が認定され、5月7日婚姻届提出、5月11日正式受理、5月31日に結婚式を挙げさせていただきました)

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(このイラスト入手の経緯につきましての記述があります。こちらをクリックしてご笑覧ください)
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(平成22(2010)年5月20日、婚姻後初めてのお誕生日を祝ったバースデーケーキです)


このブログでは、私の趣味・嗜好に主軸をおき、ときおり時事雑感を書き連ねていくことは勿論、私の心身に宿る花桜梨さんへの愛情・優しさを 文章を以って表現していきたいと思っております。

自身が興味を持つ事項につきましては、人間の理(ことわり)として好意的・肯定的に接し、中立を保てるとは考えておりません。心ならずも角の立つ記述をしてしまう場合もありますがご容赦ください。

それではしばし、憂き世を忘れてお付き合いください。

Established Octber 28, 2009

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「山万ユーカリが丘線」初乗車

生活圏にあるユーカリが丘(の、駅)。

我が家の公園墓地の最寄空きがあるのでユーカリが丘駅は馴染みの場所ではあるのですが、そこで以前から気になっていたのが「ユーカリが丘線」の「モノレール」。

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あまりにも運行区間が短い&利用の理由がなかったので 今まで乗車したことがありませんでした。

諸事情あってユーカリが丘の商業区域(笑)に足を運ぶ機会があったので 今回は乗ってみました。

私は身体障害者なので、運賃は小人料金です。
乗車時間は僅か1分30秒でしたが 話題のためということで(^_^;)

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「魁!!男塾」連載開始35周年だそうですね

連載開始当時、高校3年生でした。
ジャンプ黄金期の恩恵をもろに受けてはいたのですが、大学受験が気になって(古くさい言葉ですが「受検ノイローゼ」気味でした)、折角購入したジャンプでも熱心に読んでいたのは「北斗の拳」や「ウイングマン」位で すべてを読まずに破棄していたと記憶しています。

少し気持ちにゆとりが持てた頃から男塾に目を通すようになりました。具体的には大学への推薦合格が決まった1985年11月以降でしょうか。

性格柄、気になり出せば最初から読みたくなるし、コミックを買うお小遣いも 大学生になれば やや潤沢。

強く男塾にハマリ始めたのは「驚邏大四凶殺」の終盤辺りだったんじゃないかと記憶しています。
それからは他の漫画をそっちのけで男塾にドハマリしていきましたが、これがまずかった。

大威震八連制覇のあたりから、読んでいる私も「なりきりっこ」になってしまい&信者みたいになってしまい(笑)民明書房の蘊蓄のみならず、出てくる闘術、武器、逸話、すべてリアルだと思って友達と話していました。
因みに私の推しメンは今も昔も影慶です。


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(影慶が毒手を初披露した頃が、大学1年生の後期試験の時期でした)

これとは別のライン(原因)での友人との軋轢も発生。
大学生ですからね、同世代の同性と角突き合いをするのは「よくあること」「元気があってよろしい」出来事だったのでしょう。

けれども漫画のようにうまくはいかない。

「雨降って地固まる」とはならず、友人との仲がこじれて気鬱に過ごす時間が増えてしまった。

時は1988年1月。大学2年生の定期試験の頃に、親友だと思っていた友人との軋轢が激化してしまい、そのまま3年生に。

前後してアニメの「男塾」がスタート。

貪るように視聴していました。
教官の名前が違う!
男根寮はどうした!
なぜ田沢の名前が違うんだ!

ツッコミながらも視聴を続け、購読を続け…友人関係にアジャストできなかった私はそれでも「欠席はすまい」と講義に出席を続けました(4年間で自主休講は4コマ、計3時間です)。

そんなアンバランスな生活が祟って心身を壊してしまい、それから(なんと)4年生になるまで、気鬱な根暗な若者のまま、大学生活を謳歌できずに生活していました(やや言い過ぎ)。

実はこの時期
週刊少年ジャンプの「男塾キャラクター人気投票」に投票して「男塾塾生バッヂ」を貰ったり
バンダイのガチャガチャの懸賞に応募して「男塾塾生手帳」プレゼントに当選したりしていました。
そういう小さな「ラッキー」はあるにはあったのですが、体調も友人関係も悪くなる一方…考えがたいですが大学のゼミの先生が友人との仲を取り持つような事態にまで発展しました(が、修復出来ませんでした)。

以後、私の人生には「懸賞の当たり年には心身が傷つく」というジンクスが生まれてしまいました。

衰弱しきった私を見かねたのでしょうかね、母がなにか…憶えていないのですが 普段の勝ち気な/厳しい母からは想像できない「甘やかし属性」の提案をしてきました。

今風に意訳すると「Go To好きなことをしなさい/好きな物を買いなさい」だったのでしょう。

ふらふらになりながらもアルバイトはしていたので 少しだけ自由度の高いお金がありました。

それで、近隣のイトーヨーカドーで買い求めたのがこちら。


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バンダイ(の、LSIゲーム)ポケットクラブ「魁!! 男塾 怒濤の男魂」(^_^;)
保証書が残っていました。購入したのは昭和63年9月15日です。昭和63年というのは1988年。つまり32年前です。

既にファミコンの時代でしたから、こういうゲームは「だっさださ」だったのかも知れないですね。

お値段が高かったのはおぼえています。

けれども三号生、特に影慶推しだった私には、とても魅力的な玩具に感じられました。


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机に向かって背中を丸めて かちかちボタンを押して遊んでいる私を母や、他界した父がどんな思いで見ていたのか知るよしもありませんが ええ、思い出深い品物です。

因みに
ゲームボーイソフトも
ファミコンソフトも
持っています(笑

でも 格闘ゲームは得手ではないので 影慶が登場するようなステージまでは進むことが出来ずにうやむやですね。

男塾の(でたらめの)語彙や いかれた根性論で友人との仲がこじれましたが
そのおかげで様々な男塾グッズに触れる機会を得られたのですからよしとしましょうか。


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何年か経てば、また別バージョンのボックスがリリースされるんでしょうね

こういう切り口で「ボトムズネタ」に触れることになる日が来るとは思ってもいませんでした…は言い過ぎで、多少の懸念は抱いていました。

装甲騎兵ボトムズに対する思い入れは人一倍あります(私がトップだとか、唯一無二、随一、と云っているわけではありません)。

高校1年(1983年)で郷田ほづみさんにファンレターを贈り、サインを頂き、ギルガメス文字をマスターし、プラモデルを作り、ダイキャストモデルを購入し、サントラ&The MUSIC of VOTOMS をそろえた。
ビデオデッキがない時代にリリースされたビデオソフトを購入するほどの財力もなく 忸怩たる思いで「ザ・ラストレッドショルダー」の試写会に臨み、大画面に映写された「回るターレット」を観て感激のあまり失禁しかけた。

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レッドショルダーのドッグタグが欲しくて(当時を以てもまだ)ビデオデッキがないのに「ビッグバトル」のビデオソフト購入。

「野望のルーツ」試写会に参加し、高橋良輔監督に「質問」するも回答を保留され、22年後の「ボトムズナイト」で再度質問して漸く回答を得る。

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1991年には「どんな商品が欲しいですか」というWAVE-PXのアンケートに「アーマーマグナム」と回答。まさかと思いましたが「実現」させてしまいました。

話が前後しますが郷田ほづみさんとは2008年12月21日に阿佐ヶ谷で「25年越しの初対面」を果たす。

さらに話が前後しますがLD-BOX(テレビシリーズ&OVA(当時分))も購入したし、(22周年の時の)DVD-BOXも購入しました。

赫奕たる異端、孤影再び、幻影篇、ペールゼン・ファイルズ…すべて購入・視聴しました(メロウリンクはレンタルです。認めないわけではないのですが キリコの出ないボトムズに食指は動きませんでした)。



ただ、時間が経つにつれて、見方、というのは変わってくるものですよ(自分でも意外なのですが)。

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巷間云われているほどにボトムズは「リアル」なのか。
ええ、ATはリアルな作りに見えますね。いまだにそう感じていますし サントラの特典ポスターの画像を見るだに、当時の「ときめき」は思い出せます…し、限りなく当時と同じ心境に戻れます。

他方、設定はどうだったのでしょうか。
私の好きな男性アニメキャラの常に先頭を走っているキリコ・キュービィですが、彼のどこに惹かれたのかと云えば「名もなくありふれた 組織の最底辺を這いつくばり、組織に捨てられた男が徒手空拳に近い状態で危難を切り抜け、唯一の特技であるATの操縦を以て外敵を排除し、謎を追う」姿にあったのだと思っています。多くのフリークがそうであるように、私も「クメン編」ではまりました。
実際にはウド編最終話「脱出」に登場した「雪のように振ってくる情報部のスコープドッグの群れ」に心を奪われたんですけれどもね。

ところが…まぁ あくまでもリアルに見えても究極の所はリアルではない。テレビシリーズの終盤&時系列的にテレビシリーズよりもあとの物語になると 都合が悪くなれば古代クエントのテクノロジーが発動して「赤子の声」と「蒼白い光」に守られて瞬間移動してしまう。

徒手空拳(実際にはアーマーマグナムやATを使っていますが)で巨大な権力・組織に立ち向かっていたはずのキリコが 実は生存・回復を永久保証されている亜超人だと判明してしまう。

ヒーローに憧れている、という側面では安心して観ることが出来る反面
組織に抗って戦う(もと)兵士を応援したい、という側面ではすこぶるつまらない、応援のしがいのないキャラクターの側面を帯びてしまった。

時系列はさておき、制作された時代が新しくなるにつれて「リアル」でない側面が強調されてしまう主人公。

時代は流れ
シャア・アズナブルと云えば「3倍」「赤い」
エヴァンゲリオンと云えば「逃げちゃ駄目だ」「サービスサービス」「笑えばいいと…」
と同じ立ち位置には
「むせる」「コーヒーは苦い」が鎮座している。

アイコンとしては便利かも知れませんが、それでボトムズを過不足なく語り合えるのでしょうか。

そういうアイコンでない何かを探して、一(いち)最低野郎としての巡礼をするのだろうなと、漠然と自覚はしています。

今般「BD-BOX」がリリースされるとの報に触れ、「やっちまったな、バンダイ」と 反射的に嘆息しました。
別に買えないわけではない(幸い自由になるお金はそれくらいならあります)。
けれども「今までが今まで」です。数年経てば 別バージョン、具体的には大河原先生の別のイラストがスリーブを飾り、別バージョンの模型がオマケにつくような商品が現れるでしょう。BDが廃れて別の映像記録媒体が幅を利かせるようになれば「それ」も出るでしょう。

まるで「血を吐きながら続ける 悲しいマラソン」の様相です。

バンダイやマックスファクトリーがそろそろ新手の模型を発信する準備にも取りかかっているのでしょうね。


かつて亜久竜夫(タイガーマスク二世の主人公)がこう言っていました「素晴らしい女性と、愛する女性は違うと思うんだ」。

なんのこっちゃ、と当時は困惑していましたが じわりじわりと感じ取れるようになってきました。

「装甲騎兵ボトムズ」は「愛すべき作品」ではあるのですが「素晴らしい作品」ではないのかも知れません。

それはテレビ作品で終わらせておけば「まぁ、こんな終わり方もありだよな」だったものを蒸し返し、主人公のプロットすら変えてしまったことに象徴されているでしょう。

「銀河漂流バイファム」の挿入歌(最終回のED)に「君はス・テ・キ」という歌曲があります。
「大人の古い おとぎ話は 色あせた アルバムのようなもの あのときの トキメキを 確かに思い出せるけど 今はもう感じることは出来ない」

当時も今も 記憶力抜群と自覚しています。「そんなことあるかい!いつでも感じることは出来るさ!」そう明言していた私の主張を揺るがしているのが、こともあろうに最も愛したアニメ作品の存在であると云うことに 寂しさを感じています。

若い頃に抱いたトキメキは 年老いてきた私自身(と、云う名のキリコ)によって破壊されていくのかも知れない…

 

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佐倉市立美術館訪問

新型コロナウイルスの感染拡大を懸念し、世間では外出を控えるのが当たり前な風潮になっていますね。

以前にも言及しましたが、私は今年の2月15日以降、娯楽目的の外出を一切していませんでした。

2月の「プリキュア感謝祭」への参戦も断念。
東京駅地下一番街 キャラクターストリートにある「プリキュアプリティストア」「ウルトラマンワールドM78」訪問も見合わせ。
そこまで徹底した理由の一つは、母の存在でした。4月に父が他界し、心身ともに弱り始めている母の姿を見るだに、私の軽率な行動を遠因としてコロナ乃至あまり歓迎したくない疾病に罹患させてしまうのはしのびない、また私自身 コロナにかかりたくもなかったので ずっと外出を控えていました。

とはいえ職場で若手社員と食事をするだに、節度を守った外出を愉しんでいるようで、少々羨ましくも感じた次第。

そしてとうとう昨日(2020年10月3日)、外出に踏み切りました。

とはいえ誰に会うでもなし。行き先は佐倉市立美術館でした。

実は昨年12月にも「小林ドンゲ展」で訪問しました。昨年3月から身体障害者となってしまった私ですが、僅かなメリットは こういった美術館・博物館の入場料が優遇されている点。すべての美術館・博物館がそうではないのでしょうが、佐倉市立美術館の場合 入場料は無料でした。

今回は特に「入館してなにかを観たい」という意識はありませんでした。

主目的は

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花寺のどか/キュアグレース とのお出かけにありました。

このキャラ撮りスティックですが、SNS映え(?)させるためのグッズで 私が入手したのは3種類目になります。折角入手したのに私自身の入院、父の他界、コロナ問題、熱中症問題と「外出を控えなければならない」事象が続いてしまい ほぼ半年の期間を空けての「お出かけデビュー」となりました。

今年のプリキュアは キャラクターもストーリーも音楽も秀逸ですが 外部環境に道を阻まれ かつての王道を進みづらくなっているようです。

順当に展開するならあと四ヶ月ですが、ムリにスキップすることなく、丁寧に昇華し、フィナーレまで頑張って欲しいと思います。

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「残酷な天使のテーゼ」を重用する風潮に思うこと

先日テレビ朝日にて「アニメソング総選挙」なる企画があり、第1位に「残酷な天使のテーゼ(以下「残酷な天使のテーゼ」または「残テ」と云います)」が君臨したことで、巷のエヴァファンが狂喜乱舞したそうですね。

ライバルと目された「鬼滅の刃(未見)の主題歌」を制しての1位君臨ということで「ざまぁみろ(意訳)」という蔑みの言葉をネット内で発信したエヴァファンもいたとのことで「ああ、相変わらずなんだな」と嘆息した次第です。

私はそういう「品のない人たち」が心酔している「残テ」の立ち位置に、大変な危うさというか…40年と半年に亙ってアニメファンを続けてきた人間として、冷笑したくなるような不安定さを感じています。

先に結論だけ書いておきます。
「残テ」は
アニメを知らない/興味をさして抱いていない人たちとの共通言語になり得る、逆説的に捉えればアニメフリークにとっては将来に向けて忌むべき歌曲となり得ることを懸念しなくてはならない存在である、と。
この歌曲が1位になったということは アニメにさしたる重きを置いていない ~知ったかぶりエヴァファンが愛用している「俄か」な~ ユーザーの影響が大きかったことが懸念されている、とね。

最近でこそ「アニメファン」「ヲタク」はクールジャパンの代名詞のように扱われていますが、私が小学生・中学生だった頃にはその扱いは想像し難いほどに・思い出したくないほどに劣悪でした。
コンテンツとしてもなかなか認められないし
それを愛好している人間が(主に体育会系の)学友から迫害されるなんて云うことは当たり前だったのです。

往々にしてアニメファンというのは ~自分で言うのもなんですが~ 肉体派というよりは座学派。
要するに
「抜群かどうかはさておき お勉強(国語・算数・数学・理科・社会・英語)が好きand/or得意な人間」が多かったんです。

ですから小賢しい理屈を繰り出して 自分たちが愛好しているコンテンツ、そしてコンテンツを愛好している自分自身の立場を少しでも良く見せようと必死でしたし、そういう術に長けていたんですよ。

当時、迫害者に対して苦し紛れに使った言葉は
「愛・感動・ロマン」という 松本零士アニメが濫用したフレーズと、
思春期特有の思考パターンの発露でもある
「今度の作品は これまでとは違う(素晴らしい)」
「お前達には分かるまい(従来の「テレビまんが」とは違うんだ、難解なんだ ~つまり「俄だ」に近似~ )」
というアピール
ですよ。

宇宙戦艦ヤマトで多用された「ワープ」という言葉。
本来辿らねばならない行程をスキップして「遠方(主として宇宙の彼方)」に短時間で移動できるテクニックだと云うことで広く浸透していますね?
厳密には設定が異なっているのかも知れませんが、類似の言葉は結構あったんですよ。
ワープ、振動ドライブ、デスドライブ、ワームホール航法、亜空間ドライブ、フォールドなどね(笑
ロボットを「バリアブルマシン」「モビルスーツ」「コンバットアーマー」「アーマードトルーパー」「ラウンドバーにアン」「オーラバトラー」なんて 舌を噛みそうな呼称で云うようになったのも「お前達には分かるまい」メンタリティが幾ばくかは関与しているでしょう。

「アニソン」に視線を向けてみましょうか?
話を進めやすくするために敬称は略します。西城秀樹さんを「さんづけ」しないのは心苦しいのですが 今回はご容赦いただきます。

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(上は私の宝物(の、一つ)である 西城秀樹さんのサインです。「サンタマリアの祈り」のEPレコード購入時に頂きました)

佐々木功、水木一郎、堀江美都子、大杉久美子、かおりくみこ、子門真人などが鉄板のアニソン歌手として その昔は名を連ねていましたし、今でも彼らをリスペクトする風潮は健在です。また その歌声は(ほぼ)変わらずに健在ですので、いまだに彼らを慕うフリークは多い。

私も彼らの唄う力強いアニソン(叩け!進め!飛べ!守れ!倒せ!なアニソン)や、バラッド調のアニソンは大好きです。 他方、彼らの唄う作品群は「テレビまんがの派生」としても捉えられる懸念があり、それはアニメフリークに対する嘲笑をも誘引しかねないリスクを併せ持っている。

そんなときに

一般的(?)な歌手が 不本意か否かはさておきアニソンに足を踏み入れて来ました。
沢田研二、岩崎宏美などが「旬な時代」に唄っている。これは西城秀樹が「ちびまる子ちゃん」のEDを唄った、というのとはインパクトが違うんです。
そして云う/云ったわけですよ。
「レコード大賞をとった誰某が/紅白出場経験のある誰某が(オーソドックスなアニソンでは無く)アニメ作品のテーマ曲を唄った、どんなもんだい」
と(笑

ところが それでも受容しない人は受容しないんです。


そういう忸怩たる思いに苛まれたまま時代が進み、TMネットワークが「シティーハンター」で「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」な主題曲を発信する。
今となっては「内容のない、うすっぺらな歌曲」だと唾棄したくもなりますが、当時はある種の救世主のような存在でもあった。

さて こういう「非レジェンドチックなアニソン歌手」の登場で、アニメファンの立場は改善されたでしょうか?非アニソン愛好派の見方は変わったでしょうか?

とんでもない

カラオケで「GET WILD」「Still love her」なんか唄ったって
「なぁに?その歌」と一蹴される時代があったんです。具体的には1989年~1995年頃まで、それが顕著だったと思います。
その時代 ~「TMネットワーク」がツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカな歌を発信していたその時期~ にカラオケで重宝がられていたアニソンは

「ガッチャマンの歌」


です。


ええ
「だれだ!だれだ!だれだぁぁ…」

っていうアレです。
TMネットワークの「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」な歌の方がイカしている、格好いい、今のアニソンはこうなんだぜぇ…と訴えたくても大衆にとってのアニソンと耳にして脊椎反射的にチョイスされる歌曲は「ガッチャマンの歌」だったんですよ。

2020年9月6日の夕刻からのテレビ番組で「残酷な天使のテーゼ」を推した/受容した方達のメンタリティは
TMネットワークが「ツッチャカツッチャカツッチャカツッチャカ♪」と「シティーハンター」の「格好いい」歌曲を世に放ち、アニメフリークが熱病に冒されたかのようにそれに飛びつき、必死に周囲にアピールしているときに
「ええ?アニソンと云えば「ガッチャマンの歌」だろ?「シティーハンター(←アニメの)」なんて見てないよ」とアニメファンを蔑んでいた「大衆」メンタリティに近似であることが懸念されるということです。

実は私もカラオケで「残酷な天使のテーゼ」を唄いますよ(笑
不本意ですけれどもね。
「八重さん、アニメが分かるんだ(←もう いい「オッサン」ですからね。若い女性社員から こう言われます)じゃあ これ唄いましょうよ!」
ということで 勝手に予約エントリーされてしまった歌を、場が盛り上がっているので渋々唄うんです(ちゃんと唄えますよ。シンジの顔を見たり、緒方恵美の声を脳内再生するのはイヤですけれどもね)。

その昔「アニメが分かるなら」ということで 勝手に同僚や先輩、年長者にリモコンを介して予約登録された歌は
「ガッチャマンの歌」「タッチ」「ラムのラブソング」「宇宙戦艦ヤマト」です。
今、その立場に「残テ」がいると云うことです。
アニメをよく知らない、一見(いちげん)未満の大衆がかつての「ガッチャマンの歌」のように「残テ」を推しているんです。
その結果をありがたがり、受容し、ライバル視されたアニソン/アニメ作品/その愛好者を嘲笑している という精神状態・風潮が嘆かわしい、ということで今回起稿しました。

残テを憎んでいるのでは無い
必死にエヴァの良さを探そうとして 探し出せずに居る(これでも6,000円くらいしたアスカのフィギュア、持っているんです。携帯ストラップもハンカチも持っています)。バルマー戦役で、私は龍虎王を駆り アスカと一緒にボスキャラに挑みましたよ(笑

でも 間違いなく並み居る数のアニソンがあるにもかかわらず「今のトップ」にしてはいけない/するべきではない/してはまずい歌曲だった。
なぜなら 残テは アニメをさして愛しても居ない大衆の手垢にまみれ「とりあえずビール」と近似な立ち位置で遇されているのだから 。

アニメファンだと知られ、その細分類の結果が「ラブライバー」だった。そして愛唱曲が「Snow halation」や「夢で夜空を照らしたい」であるにもかかわらず、勝手にエントリーされる曲が「残テ」。そんな記憶を刻んだ非エヴァフリーク系アニメファンが将来的に「残テ」をどう遇するのか。
かつて私が「ガッチャマンの歌」に抱いたのと酷似した感情を以て遇する時代が、やがてやってくるでしょうね…

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こりないですね

悪質事業者

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我が生涯に一片の悔い無し!

ネット内のアニメランキングをときどきチェックしています。

ありがちなお題は「生き様/死に様が格好いいアニメキャラランキング」「心に響いたアニメキャラのセリフランキング」など。

その中で、頻繁に、上っ面だけの「格好良さ」にほだされて(としか思えない)、キャラクターとして 北斗の拳に登場した「ラオウ」が、セリフとしてこの男が断末魔に叫んだ「我が生涯に一片の悔い無し」がランクインすることが多いです。

確かにケンシロウとの勝負に敗れて帰天(笑)する瞬間だけを切り取って見れば なかなか他に類を見ない「格好いい男」と思えなくもありませんが、北斗の拳の作品世界を遡っていけば「格好いい男」「心に響くセリフ」として 髪の毛一本分すら目にかける価値のない存在だというのが分かる筈なんですよ。

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諸資料によれば、ラオウの風貌は当時のアクションスターだったアーノルド・シュワルツェネッガー氏(後付けでコロコロモデルは変わっています)をもとにデザインされたと聞き及んでおりますが、最初期の(ジャンプの敵役定番の)「顔が松崎しげる状態」のときは巨大なジャイアン。

この男の「格好悪い」ところは劇中において「戦っている当事者」でない人たちに散々な迷惑をかけていることですよ。

物語のヒロインをめぐる恋のさや当てに敗れ、北斗神拳(←一発変換しましたね。南斗聖拳は「なんと聖剣」と変換されます)の伝承者争いに敗れ、師父を【殺害】して野に下る。まあお互い「暗殺拳の使い手」なので命の遣り取りは「お互い様」だったのでしょうから、そこは不問としますか。

その後は(害意のない)各地の拳法使いを「鬼の哭く街・カサンドラ」に幽閉し、拳法使い本人とは関係のない配偶者や乳飲み子を離れ離れにして幽閉し、餓死させている。
本人の独りよがりな大望のために「戦い」とは関係のない市井の人々を迫害し、服従しなければ代償として命を奪い、危うく(後に天帝の妹と判明する)リンを間接的に鉄板焼きにしようとする。
実力的に「あっさり倒せた」であろう南斗水鳥拳のレイをわざわざ数日間にわたって悶絶させて殺している。
服従・追従を強要するくせに、のっけから「ああ、そうですか、云うこと聞きますから」と“隷従”“被略奪”を申しでた村長の態度に癇癪を起して殺害。ダブルスタンダードもいいところです。

たしかにケンシロウとの「第一回戦」よりも後においては、ユダだのサウザーだの、相対的に手強く アクの強い拳法使いが登場し、少年時代の出来事(こち亀で言うなら「お化け煙突」「弁天島」みたいな立ち位置のエピソード)が描かれて「ラオウは実はいい人・素敵なお兄ちゃん&心ならずも悪行に走っている描写」が「追加」されましたけれども「第一回戦」で終わっていたことを想定すると、とても「漢」だの「強敵(とも)」だのと認めたくありませんね。

挙句の果てには叶わなかった想い人に執着し、有難いことに想いを寄せてくれる女性がいたにもかかわらず、拒絶をするばかりか「自害」する様を拱手傍観している。
北斗神拳の使い手ならば、トウの息遣い、目の動き、筋肉の動き…要するに気配から自害しようとしていることなど察知できるだろうし、察知できなかったにしてもその動きを妨げるなり、止血するなりできたでしょうに。

トウの腕の動きとマミヤのボウガンから射出される矢の動き、どちらが早いのですか?

更に始末の悪いことにはユリアでもトウでもない別の女性に身ごもらせた(としか思えない)息子のリュウが「後日談」に登場する。ラオウの貞操観念、女性に払う敬意というのはなんなのかと思ってしまう。

「わが生涯に一片の悔いなし」?

そりゃそうでしょうよ。それだけやりたい放題やって「悔いが残った」なんていったら(北斗世界における)市井の人たちに「贅沢言うな」ってお尻を蹴っ飛ばされますよ。

かつては座学系and/orひ弱系ヲタクユーザーと筋肉脳・体育会系ユーザーの歩み寄る、稀少なコンテンツだった北斗の拳。
作品の面白さや絵師の描きこみには敬意を払います。
同時にラオウとラオウの断末魔のセリフを美化する風潮には 全く首肯しない旨、愚見を披瀝致します。

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あるタレントさんの結婚に際して

1999年結成、2003年にインディーズ・デビュー、2006年にメジャー・デビューを果たした音楽グループ(cf:Wikipedia)の女性ボーカルが結婚したそうです。
私はこのグループに さしたる興味は抱いていなかったのですが、甥とカラオケに行くたびに、甥が持ち歌の一つとして必ず彼らの楽曲を「ご本人映像」で唄っていたので「ああ、こういうチームが居るんだな」くらいには認知していました。

今般女性ボーカルの結婚にあたり わたしが利用しているSNSが少し賑わっていたので一筆啓上したくなりました。

SNS内で当該ボーカルとの結婚願望を公言し続け、今回の報に触れてご本人は落胆し、一部のユーザーは彼(男性だと思います)を揶揄している。
プロフィールを拝見したところ、当該ボーカルへの愛情というか、思いの密度にちょっと息をのんだくらいです。

背後の人柄は知る由もないですが、文章力は人並み以上と感じられました。

私は当該ユーザーさんと今まで接点がありませんし、今後もご本人さんが負担に感じるようであれば、友人・知己の契りを能動的に結ぶつもりもありません。
また 本稿を以て、当該ユーザーさんへのアドバイスにするつもりもありません。

「そういや、自分にもそんな時があったよな」
と感じた程度。
コロナと熱中症 ふたつの警報・警告・警戒を促すフラグが立ち、私自身 父を失った直後の新盆のために自宅で過ごしているため なんとなく駄文を起稿してみたくなった次第。

私は少年時代、掛け値無しの少年時代、6歳年上の女性声優と結婚したい、否、結婚できて当たり前と考えていました。
ご迷惑がかかるといけないので お名前は伏せます。

1983年の8月半ば(もうじきですね)、とあるロボットアニメの準レギュラー(完璧なヒロインとは呼びがたい)の「中の人」としてデビュー。
前後してアニメフリーク向けのラジオ番組のパーソナリティーに着任。
今で云う「二次元萌え」をしてしまった私は、そのまま「中の人」に興味を抱いてファンレター…ではなく ラジオ番組への投稿をしました。

程なくして「サインとお礼のメッセージ」が書き込まれたはがきが送られてきました。
誤解して欲しくないのですが、往復はがきを送って返信を促したのではなく、ご本人が(スタッフを使役したかはさておき)はがきを手配して、私に礼状を送ってくれました。
そういう「投稿→礼状の返信」というのが数回にわたって営まれ、当時高校生だった私は 天にも昇る気持ちに包まれました。

高校生というか 思春期というのは、周囲に背を向けたり「お前達には分かるまい」な世界を構築して(物理的ではなく、心理的に)殻に閉じこもりやすい時期。自分の世界に閉じこもることが「格好良い」と勘違いしやすい季節。

自分が視聴しているアニメに登場する“美少女”の声を当てており
自身も人並み以上の見目形の女性声優とお近づきになった(と、勘違いしていた)。

これに
思春期
同世代の同性との 無意味な軋轢
親家族・年長者に対する理由無き反抗
が加われば あとは“堕ちてゆく”のみ。

1984年結成のファンクラブでは積極的に活動し ~イベントに参加するのではなく、イベントを企画したり会報・会員証を印刷発行したり~ 既に認知されている「顔と名前」をさらに売り込み 自分がいかに当該声優にとって有益な人間であるのかをアピールすることに必死でした。
幸い(?)勉学にもいそしむ程度の分別はあったので 学業成績は落ちるどころか上昇を続け、親にも文句を言わせない環境を作って活動を続けました。

得たものは
名前を覚えて貰ったという優越感・陶酔感
日々の学業成績まで憶えて貰っていたという優越感・陶酔感
雑誌「ジ・アニメ」に写り込んだ写真の中で間違いなく使っていたイヤリング
お手製の栞
ラジオ番組のノベルティ
数えるのが面倒くさいほどのサイン
当時は貴重だったオフィシャルな「生写真」
撮影する度に自分の表情が決まらなかった「ツーショット写真」
など…

別に将来について語り合ったわけではありません。
アニメに出演したら/新しい歌曲をリリースしたら 感想を書いた手紙を送る。
ファンクラブ活動で「目立つ」。

それで結婚できるものだと思っていました。

ええ、お子様でしたね(^_^;)

冷静になって周囲を見渡せば、自分の立ち位置などすぐに分かったであろうに。
ファンクラブの会員数は400名を超えていたと記憶しています。
つまり「自分みたいな奴」が400名もいるのに 結婚できると勝手に思い込んでいました。

1986年の秋、当該声優から「結婚(&引退)」をカミングアウトされました。
時期をずらして知らされた“お相手”は、高校時代の同級生との由。

要するに、デビュー当時から 私が手紙を送る前から/返事を貰う前から「決まっていた」と(笑

その後 周囲(仲間)の動きはめまぐるしかったですね。
当該声優“でない”タレントさんに“亡命”することに皆が躍起。

ファンクラブの会長や 私よりも押しが強かった、男性として魅力的だった(笑)仲間も他の女性タレントさんへの亡命に必死。

憶えている限りで
おニャン子クラブの誰某
本田美奈子
後藤久美子
南野陽子


私も近似の行動をとりましたが、不幸中の幸い(?)私は女性タレントではなくプロレス(当時 新日本プロレスのリング上では格闘技色の強いスタイルのレスラーが体制 ~アントニオ猪木さんなど~ に反旗を翻したり、世代交代を要求したり…)に傾倒していたので露骨な亡命はしなかったような気がします…が、暫定ヒロインは「南野陽子さん」ということにしておきました。

ファンクラブ内での裏切り行為にも遭いました。要するに派閥争いですね。絶対に知っておくべき情報を故意に隠蔽されたこともあります。
また、私はファンクラブの「幹部」でしたが 奸計にはまり(笑)最後の最後で「降格」させられました。
だから当初は自分が勝手に「仲間だ」と思っていた相手であっても 30年近く経った今でも 赦していない人間がいます。会長とかね…

話が前後しますが 当該声優の結婚が開示されてから4ヶ月くらいは 心理的な起伏に悩まされましたね。
私も子供ではありませんでした。
赤ちゃんがコウノトリに運ばれてくるなんて考えているような訳などなくて、結婚したら(当時の男女間の貞操観念では「結婚したら」でしょうね)どんな行為をするのか。
知らないわけがない。裸になって 肌を重ね、性器を絡める…そんなこと 実戦は未経験とはいっても知識(痴識?)としては豊富な年頃ですからね。

そういう 自分ではどうしようもない懊悩から逃れるために「あれか これか」とアイドルタレントさんのつまみ食いのような行為もしました(あ、メインはプロレス観戦でしたので 雑誌をチェックしたり、音楽ディスクを買ったり、大して熱心でもないのにファンクラブに入ったり、といった程度です)。

結果的にどうやって傷を癒やしたのかというと
当該女性声優さんが勝手に不義理を働いてくれた、という一言に尽きるでしょうか。

「結婚したら夫の妻と声優の掛け持ちは出来ない。だから引退します」
と公言していたはずでしたが、3年と経たぬうちに現場復帰。
いろいろ理屈はつけられるでしょう。けれども「引退」を信じて(?) 注ぎ込んだエネルギーのむなしさを感じて「しらけて」しまいました。

その後も当該声優は“お仕事”を継続。幼児番組にも出演しているため、職場では親子ほど年齢差のある同僚との話材に使っています。

相変わらずのブリブリぶり(笑)。
還暦に手が届いているのに“それ”なのですね。
後発の 若くて スキルも意識も高くて 見目形も高水準な方は星の数ほど居るというのに…

再会するとき、どういう顔で会うのだろう どういう声をかけ合うのだろう… そう考えることもあります。

好きで好きで仕方が無かった/嫌いで嫌いでぶっ飛ばしたかった 中学校時代の同級生の影が薄れ 日頃通勤で使っている最寄り駅の改札ですれ違うこともないのに あるとき突然街で鉢合わせになり「よぉ、元気だった?まだこの町に住んでいたんだ…お互い生活リズムが違うと会わなくなっちゃうよな」なんて言葉を交わして そのとき一番大切にせねばならない日常に溶け込んでしまうのかも知れないですね。


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迷惑電話備忘

08003005843」だそうです。
押し買いでしょうかね。

本日2020年8月10日にかかってきました。

あんしん応答モードに応対させていたところ、無言で切られました。

とにかく記録しておきます。

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「やんちゃ」という言葉が、やんちゃな行為者を増長させている

ネット内のニュースで

「やんちゃな子」に意地悪(意訳)されたけれどもどうすべきか

みたいな話題が取り上げられていました。

私は「やんちゃ」という言葉が大嫌いです。
いえ、実際に「やんちゃ」という言葉の定義を見れば「ああ、なるほど そういう意味か」と感じられます。

けれども少年法の適用案件(「事件」と云ってもかまいません)同様、時代を追うごとに「言葉に紐付けされる行為」「行為者の悪質さ」が時代を追うごとに重篤になっている感が否めない。

「やんちゃ」をされたときのリアクションをビジュアルで現わすと、肩をすくめて“やれやれ”な感じで落着することが少なくありません。

例えば「魁!!男塾」の伊達臣人が「(言葉の定義通りの)やんちゃ」な目に遭ったら、ため息をついて瞼を閉じ「フッ…」と一言(一息)残して踵を返し、行為者を見逃すでしょう。
同様に「ベルサイユのばら」のオスカルならば、眼を「扁平なアスタリスク」にして、口唇をスタジオジブリの代表的なキャラクターのように拡げ、歯の部分は格子状に、そして頭上ではお星様がキラキラ輝いているような…

結局叱責・懲罰がなされない行為と目される風潮がありすぎなのではないでしょうか。

実際の所、なした行為の重篤さから鑑みれば「スーパードクターK」の主人公、西城カズヤが第一巻冒頭で「そうした」ように鉄拳制裁をせねばならない内容だったにしても「やんちゃ」という言葉の聴感が事の重大さを緩和してしまっている(ようにしか思えない)。

ニュース記事で話題になっている行為者は文字通りの「こども(乳幼児)」ですが、こういう子供は 大きくなってもそうそう「感性」がドラスティックに変質することはない(考えがたいし、考えがたい思考を抱いていることに 問題を抱けない)。

我々の世代では「やばい」というのは危険喚起の言葉でした。
それが時代時代によって「かわいい」「面白い」など、賛辞のカテゴリーの単語として使われるようになったりしている。

「やんちゃ」も似たり寄ったり。就学前の児童や小学校低学年の人間の行為態様の表現に使われるならまだしも、今では1980年代以降絶滅せずに居る「金髪(非・黒髪)、リーゼント乃至モヒカン、奇をてらった服装、サングラス姿の若者」を「擁護するための言葉」として用いられている(ようにしか思えない)。


高校時代、友人のN村くんが言っていました。
「装甲騎兵ボトムズに出てくる“ギルガメス軍”って云う言葉は画期的だよな」
なぜ画期的なのかと訊いたところ
「だってそうだろ?今までのアニメに出てくる組織で 濁音が使われるのは敵陣営・悪者が多いんだよ」

…ガミラス、ゴドメス、ゼントラーディ、ジオン、ギシン、ガトランティス、デザリアム…

正義の・主人公陣営の(スーパー)ロボットの名前に濁音が多いのと同様に、敵陣営・悪い宇宙人・悪者軍団の名前には濁音が目立った。
それを指して、ボトムズの主人公、キリコ・キュービィが所属している陣営の名前が濁音(しかもアルファベットの「G」でスタートする)であったことに戸惑っていたのでした。

翻ると
「やんちゃ」という言葉には濁音がない。刺々しさが感じられない。前述のようにシリアスな漫画・劇画の「あまりシャレが通じそうにない」キャラクターにリアクションさせたとしても 毒気が抜かれているようなビジュアルしかイメージできない。

いっそのこと「やんちゃ」という単語を廃止し これまでの「やんちゃ」と「“やんちゃ”を曲解して適用していた悪質な行為」にそれぞれ別の言葉を創出・適用した方がいいのではないでしょうか?

幸い、そういう「得体の知れない新語」を作るのが好きで、定着させるためなら金目も厭わない人がいるではないですか?
ええ、間違っても「やんちゃビズ」とか「ウイズ乱暴」とかいう単語にはして欲しくないですけれどもね。

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